「夕夏。」
泰知に呼ばれた気がして後ろを振り返った。
だけどそこに誰もいるわけなく、ただあたしの耳元を冷たい風がヒューと音を立てて通り過ぎただけだった。
向き直ってずれ落ちたマフラーをもう一度肩に掛け直す。
肩幅が人よりも狭いせいか、厚いマフラーはすぐに肩からずり落ち、気づかないうちに引きずっていることだってよくある。
深緑色が基調のギンガムチェックのマフラーを鼻まで押し上げる。
最近また、寒さが増した。
15分程度の通学路が一時間にも二時間にも感じてならなくて、毎朝自販機で暖かい缶コーヒーを買うことが増えた。
「よお、夕夏。」
頭を誰かに小突かれ、横を見ると自転車に跨ってスピードをあたしの足の速さに合わせた昇馬がいた。
「昇馬。」
「おはよ。」
「おはよ。」
昇馬は自転車を降りてそれを押し始めた。
高校の正門が目の前に迫る中、あたし達は何も話せずにいた。