「東州ですよ」
「……とうしゅう?」
「はい」
「……それって、日本の……」
少なくとも私が住んでたところでは、聞き慣れない地名だ。
私の質問に女性の表情がわずかに曇った。
「日本……?」
「……えっと、何県ですか?」
「……にほん、けん?」
まるで聞いたことのない言葉を繰り返すように、女性が呟く。
胸の奥が、嫌な音を立てた。
「……え?」
「ここには、そのような国はありません」
「…………」
頭が真っ白になる。
何を言っているの?
日本がない?
そんなこと、あるわけがない。
「ま、待ってください。私、さっきまで神社にいたんです。家の近くの神社で……弟の受験のお参りをしたくて、それで……」
自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。
「急に手水の色が黒っぽく見えて、気づいたら……」
「ええ」
女性は、意味が分からないことを言う私を否定せず、ただ、穏やかに私を見ていた。
「あなたは、近くの神社の境内で倒れていたそうです」
「……近くの神社の境内」
その瞬間、
襖の向こうから、足音がした。



