愛し紅蓮の瞳


拝殿へ向かう途中、私は立ち止まる。


この寒さだし、できればそのままお参りしたかったけど。
手水舎が見えて、私は覚悟を決めた。


「……よし」

水なんて触ったら、手が凍る。
そう思ったけれど、

「……ちゃんとやらないと、神様に怒られそう」


誰に教えられたわけでもないのに、こういうところだけ昔から妙に真面目だったり。


手水舎の前で小さくお辞儀を一つ。
そのまま、右手で柄杓を手に取り水をすくった。

柄杓の水を左手にかけて洗えば、

「冷た……っ」

指先に水が触れた瞬間、びりっとした冷たさが走って思わず手を引っ込めようとして――

「……え?」

私は水面が揺れていることに気づいた。

風はない。

なのに、水面には小さな波紋がひとつ。

ふたつ。

みっつ。

まるで、水の底から何かが近づいてくるように広がっていく。

「なに、これ……」

覗き込めば、透明だったはずの水がほんの一瞬だけ色を変えた。


黒?

……いや。

黒じゃない。
紫にも見える。

黒に近い、すごく濃い紫。
夜の中に溶けてしまいそうな、紫黒色(しこくいろ)。


「……?」


だけど、瞬きをするすると、その色は消えていた。