「……ったぁ」



目をつぶったまま打ちつけた腰あたりをさすっていると、上から「大丈夫?」と声が降ってきて固まる。


のどもとがキュッと締まり、痛む。


この声は、まさか。



「ごめん、モナ」



顔をあげるとやはりそこには夏希がいた。

目の前には手を差し出されていたが、私はあえてその手は取らずに自力で立ち上がった。


笑って「大丈夫。私こそごめん」と言った。言えた。



「元気?」

「うん。そっちは?」

「元気だよ」

「そっか、よかった」



うわべな会話。まるで英会話のテンプレみたい。
『はうあーゆー?あいむふぁいん、せんきゅー』てきなアレだ。


でもなんでだろう。すごく泣きそうだ。



「なんかすごい不機嫌そうな顔で出てきてたけど、違う?」

「え?ああ、となりの席の男が失礼なやつだから……」

「となりの男?」



なんでこんな会話をしているんだろう。
なんで顔を見ただけで不機嫌とか、そんなことがわかっちゃうんだろう。ばか。


もう関係ないのだから、すぐにでも立ち去ればいいのに私。


でもあと少しだけ、あとちょっとだけ、話してたい。

そんな風に考えてしまう自分もいる。


こんな会話、心をズタズタにするだけの時間なのに。


ねぇ夏希、まだ目の下にクマがあるね。
ちゃんと寝られてるの?本当に元気なの?すこし痩せたんじゃない?ご飯、ちゃんと食べてる?あんまり頑張りすぎちゃ、ダメだよ。


言いたいこたはまだこんなにも溢れてくる。



「夏希……?」



後ろから控えめな声がした。見ると、不安げな顔でこちらを見ている黒木さんだった。私は自然と出た笑みで「行ってやんなよ」と言う。



「うん、じゃあな」

「うん」



背中を見送った。
心臓がある左胸あたりがズキズキと痛い。


黒木さん、私と夏希が一緒にいて、不安に思ったことだろう。


なんて考えてすこし優越感に浸る自分が気持ち悪い。なんて性格が悪いんだろう。


まだ、夏希のことが好きなのも、ふたりを見てモヤモヤしている自分も、とても汚らしく思える。