あのとき離した手を、また繋いで。



とめどなく繰り広げられている痴話げんかに区切りをつけるように授業が始まるチャイムが鳴った。


クラスメイトたちが各々自分の席に着いている最中、清水さんがなにかを思い出したかのようにこちらに振り返る。



「あ、橘さん」

「……?」

「今度、私とも遊んでね」



そう言うと、一瞬だけ片目を閉じて自分の席に行ってしまった。さっきの水無瀬くんのウインクと似ていると、ふと思った。


夏希は授業が始まって5分後に教室に入って来て、案の定、先生に怒られていた。



***



放課後になった。内心ドキドキしていた。夏希に内緒で水無瀬くんとどこかへ行くだなんて……。


昼休みになってやっぱり彼氏に内緒で男の人とふたりで出かけるのはどうなのかと思い直し、断ろうと水無瀬くんに話しかけたのだけど、「夏希のかっこいい姿見たくないの?」と言われて言葉が引っ込んだ。


思考と共に身体が固まった。
甘い誘惑に心が動いた。
それに気づいた水無瀬くんの顔はニヤついていた。


たぶん、彼の思惑通りの反応をしてしまったのだろう。それがとても悔しい。


となりの席にいる夏希を横目で見た。彼はなにかに急かされているように、そそくさと荷物を乱雑にかばんに詰めている。



「じゃあな、モナ。また連絡する!」

「えっ、あ、ちょ……っ」



私の返事を待つことなく、颯爽と走って行ってしまった夏希。後ろ姿の残像を見つめながら呆気にとられる。



「じゃあ行きますか」



その声と同時に頭の方から影が落ちて来た。

上を向くと水無瀬くんがポケットに手を突っ込んで立っていた。私も帰る準備ができていたので「うん」と頷いて席を立つ。


周りからの視線が気になった。水無瀬くんは夏希に次ぐ人気者だ。いや、そもそもタイプが違うからもしかしたら同じか、それ以上に人気があるのかもしれない。


クラスの空気が凍りついたようにガラッと変わった気がした。



「あ、ふたりともばいばーい」



しかし、その雰囲気のなかでも清水さんが明るく声をかけてくれた。


水無瀬くんが「おう、じゃーなー」と手をあげ、私は立ち止まったまま彼女を真っすぐに見る。するとにっこりと』笑ってくれて、 だから私も、笑って「また明日」と言えた。