あのとき離した手を、また繋いで。



ふとそのとき、後ろから「あれ?モナ?」と声をかけられた。


私のことを下の名前で呼ぶ男の子なんて、この学校にひとりしかいない。



「……なに」



低い声が出た。
まだ、彼と会話をすることには抵抗がある。



「誰か探してんの?」


「うん」


「そうなん……わっ!」



目の前にいる夏希が前のめりによろける。
突然のことでビックリしていると、「おはよう!夏希ぃ!」と黒木さんが笑顔で彼に飛びついている姿を目にした。



「おま……っ、いきなりビックリするだろ……っ!」


「へへへ、ごめんね」


「今日は大丈夫なのか?」


「うんっ、平気だよー」



ふたりの仲よさげな会話に目を点にしていると、黒木さんが「あ、橘さん」とようやく私に気がついた。



「おはよう。昨日はありがとう、助かった。これ」


「あっ、ううん!橘さん美人だから話しかけるの勇気いったんだよー」


「え?」



借りていた傘を彼女に返す。
腰の後ろあたりで手を組んで照れたように身体をくねらせる彼女に目を見開いた。


小動物を思わせる小柄な彼女。
仕草ひとつひとつが計算されたように可愛い。


頬を赤らめているのも、声も。


話をしている私たちの様子を頭の中に大きなハテナマークを浮かべていそうな顔をして見ているのは夏希。



「昨日私が橘さんに傘を貸したんだぁ」


「へぇ!そうなんだ!」


「あ、そだ。ねえねえ夏希、明日貸して欲しいCDがあるんだけど」


「なに?」


「ええっと……」



ふたりの世界に入り込んだように話し込むふたりを私は蚊帳の外で呆然と眺めていて我に返る。


なにしてんだろ、教室に行こう……。


ふたりに声をかけずに教室へと向かった。
胸の中心あたりがチクリと痛んだ気がしたけれど、きっと気のせい。