あのとき離した手を、また繋いで。




「そんな、申し訳ないよ」


「いいんです。母が迎えに来てますんで」


「ええっと……」



初対面の人に物を借りるなんて恐れ多すぎる。
名前だって知らないのに……。



「私、3組の黒木めぐるです。傘は明日にでも返してくれたらいいので、使ってください」


「本当に、いいの……?」


「はいっ、どうぞ」



彼女が好印象な笑顔を顔に貼り付けて、私の手に可愛らしいパステルピンクの傘を握らせた。



「ありがとう」



お礼を言うと再びニッコリと笑って雨の中を走って行ってしまった。
そのまま校門前に停まっていた車に乗ると、姿が見えなくなる。


……とてもいい子だった。
困っている私になんの躊躇もなく傘を貸してくれるなんて。


私の噂、知らない子なのかな。
それとも夏希のように噂なんて信じていない少数派の人なのか。


でも、助かったことに違いはない。


傘を開いて、学校をあとにする。
今日はいいことがありすぎて、雨でも憂鬱じゃない。


昼間の私と心の温度がこんなにも違う。
荒んでいた心のかたちも、すこしだけ柔らかく丸くなっている気がする。



***



「おはよー」

「はよ」



そんな声が飛び交う朝、昇降口前。昨日の天気が嘘のように晴れている。
私の右手には昨日黒木さんから借りた傘。


……これ、返さなきゃ。


いつもなら何事もなく通り過ぎるとなりのクラスの前で立ち止まる。
友だちがいない私がとなりのクラスに乗り込むなんて至難の極み。


溜まった唾を飲み込ん決意を固めると、こっそり扉付近から中を覗き見る。


黒木さん、いるかな……?