あのとき離した手を、また繋いで。




ただ息を吸って生きている毎日のような気がする。


廊下を歩いているとすれ違う人みんなが幸せそうに笑っている気がするし、すこし横を向けば教室でわいわい賑わう同じ学校の生徒たち。


彼らと私とじゃ、なにが違うんだろう……?


両親の離婚。それに伴って県外に引っ越してきて、新しい環境で不安だらけだった1年半前。


歯車が噛み合わなかった。
どこからか変な噂が出回って、ひとりぼっちになった。


なにが、どこで間違えた……?


ああもう考えたくないのに、同じことばかりが頭の中を駆け巡る。終わらない思考回路。エンドレスな感情に、イライラが積もる。


ひとりぼっちのほうがいいって結論つけたばかりなのに。
人と関わっていなくても、他人の行動や表情が目についちゃう。


それを僻んで心がとげとげしく、歪んでいく。


こんなに苦しくなるなら、心なんて捨ててしまいたい。



「ねぇ、夏希はなんでそんなに橘さんに構うのー?」



教室の扉一歩手前まで到達したとき、中から聞こえてきた声に動きを止めた。



「んー?」


「夏希も橘さんの噂知ってるでしょ?エンコーしてるとか、おじさんと不倫してるとか」


「あー、それ私も気になってたぁ」



中の様子をあと一歩足を前に進ませることが出来たら覗くことはできるけれど怖くて出来そうにない。


きっとクラスメイトの女子が、彼が私にちょっかいを出すのが気に入らなくてそんなことを言っているに違いない。


俯いたまま、その場から動けない。
彼がなんと答えるかなんて聞きたくないのに。



ーー『知ってるよ。からかってるだけ。おもしろいからさ』



頭の中で最低な返答を自分自身で想像した。
本当に言われたわけじゃないのに、泣きたくなる。



「はあ?お前らまさか、そんなくだんねえ噂信じてんのか?」