それでもゆっくり桐生くんが力を緩めていった。すこしふたりの身体の間に隙間をつくる。


目もとに彼の親指が触れる。涙のあとを消すように、優しく繊細に。



「ごめん。でも、お前みたいにいい女があんなやつのために泣くのはもったいない」

「……私たちのなにを知ってるの」

「大体予想ができる」



頭を撫でられる。不器用な手つき。私はされるがまま。



「俺よく緑川夏希とお前が一緒にいるところ見てた。よく笑うふたりでお似合いだなって思ってたよ」


「うん……」


「でもいつからかお前ら笑わなくなったよな。そしたらあいつはいきなりお前と別れて違う女と付き合いだした。無性に腹が立ったけど、チャンスだと思った」


「……どうしてそんなに私のことを?」



率直な疑問だった。だって桐生くんはとなりのクラスの同級生で今年に入るまで接点なんてまるでなかった。


ただお互いに、ひどい噂がたっていたという共通点があっただけ。


なのにどうしてそこまで私のことを……?



「入学してすぐ、俺見たんだ。お前がおばあさんに道聞かれて案内してるとこ」



はっとする。

約1年前にもまったく同じようなことを言われたことを思い出す。


ーー『俺は知ってる。モナが本当はどんな顔で笑うのか。学校に遅れそうになってても人に道を聞かれれば優しく案内だってできるもんな』


鼻から空気が抜けて、笑みがこぼれる。


好きになるきっかけが同じって、君たちはやっぱりどこか似てるのかもしれないね。


見た目も性格も真逆だけれど、不思議だ。



「……わかった」

「え?」

「意識して桐生くんのことを見るよ。忘れる努力を、してみる……だから」



桐生くんの大きな手を取った。



「待っててほしいの。もうこんな強引なことしないで……」