あのとき離した手を、また繋いで。




緑川夏希はよく寝ている。
登校してきてすぐや、授業中、昼休み時間などなど。


私はその寝顔を最近見つめる癖がある。
即刻に直したい癖だ。


起きていたらうるさくて鬱陶しいのに、寝ていて静かだと気になるなんて……そんなのおかしい。


本当だったら"ラッキー"って思うはずなのに。
最近私は彼の明るさに毒されているみたいだ。
だからこそ彼のことは苦手だと感じるのだけど。



「ふぅ……」



5月になった。桜の木にはもうピンク色はない。


誰ともたいして会話をしない毎日は、波風のない海みたいだ。穏やかだけど、気持ちが悪い。
昼休みの教室は、友だちのいない私には居心地が良くない。


仲良く駄弁っている同級生のなかにひとりぼっちでいるメンタルを私は持ち合わせていない。


だから逃げてきた。ここに、屋上に。


けれど残念ながら今日は今すぐにでも雨が降ってきそうな、どんよりとした曇り空。


それでも鳥は空を飛んでいる。遠くの車が小さな点のようになってエンジン音を鳴らしながら動いていた。


近くにある踏み切りが閉まって、電子音がここまで届いている。


世界の音がBGMになって、現実から目をそらすように目を閉じた。


嫌われ者の、私。

誰からも愛されていない、私。

この世界の誰からも必要とされていない。


中学までは私にも友だちがいた。


だけど両親の離婚が決まって、高校入学のタイミングに合わせて県外に引っ越した。


"連絡するね""遊びに行くね""たまには遊びにきてね"


最後にもらったそれらの言葉は幻だったのかもしれない。
交換した連絡先。だけど、私のスマホは誰からのメッセージも受信しない。