今回は、俺の正面に居る水野さんではない。

だが、分かる。

俺が真剣なときに笑う人なんて、この場には一人しかいない。


「ちょっと、山本さん」

「いや、だって。辻さん、刑事ですか。『お尋ねしたいことがありまして……署まで同行願えますか』みたいな」

「くだらないことはいいですよ。至って真剣なんです、俺」



本当にくだらないことは、いいから!

俺が山本くんにそう訴えたあと、水野さんがようやく口を開いてくれた。



「……分かりました。刑事さん、お手柔らかにお願いします」

「で、では、仕事終わりに……って、水野さんまで!刑事ネタ引っ張ろうとしないでください!」



水野さんはふふっと、愉快そうに笑う。

ここ最近、俺を避けるのに、距離感は以前と変わらないような、それとも、むしろ近くなっているような気すらする。

だから、俺には尚更、掴めない。

水野さんの嫌がることは、極力したくない。

だから、俺は今も、とても慎重だ。



「では、契約書について、説明します。それが終わったら、辻さんのお話、聞きます」

「はい!お願いします」



水野さんが座る、その隣に立つと、椅子に座るよう促される。

水野さんと同じ目線になると、また彼女の頬がほんのり色付いていた。