今日から、営業部に異動する。
出社し、目的の場所までの廊下を、階段を歩いていた。
朝から、憂鬱で仕方がない。
何だかんだ言っても、俺としては総務部は居心地が良かった。
人間関係も、そこまで悪くなかった…と俺は思っている。
ああ、また新しい人間関係を築いていかなければならないのか。
いくら「活きの良い」俺とは言えども、容易いことではないのに。
営業部があるという、部屋の扉の前で深い深い溜め息を吐く。
「さて、出陣じゃ……」
先程の溜め息を、大袈裟な深呼吸で仕切り直す。
「しゃあっ!」
「わっ…!」
俺の右側から柔らかい可憐な声が聞こえ、恐る恐るそっちを見る。
すると、そこにはウェーブがかったセミロングの黒髪を一つに束ねた美人が、近距離に立っていた。
180cm弱の俺から、少し見下げる程度の身長。
その手には、スマートフォンがあった。
俺の目を見たその女性は、何故かしら少し頬を赤らめる。
「すみません。余所見をしていました」
「いや、俺も驚かせてしまって、申し訳ないっす…」
後頭部を掻きながら、物静かそうな大和撫子風の、その人を見つめる。
うちの会社にこんな人、居たのか。
どこの部署なんだろう。
「拝見したことのないお顔ですね。失礼ですけど、どちらの部署の方ですか?」
まさかの先手を打たれる。
物静かそうな女性だから、きっとこのまま静かに立ち去られるものだとばかり思い込んでいた。
まさか、向こうから聞き出されるとは!
俺も男であるものだから、つい嬉しくて、大きめの声が出る。
「今日から、営業部に異動になりました、辻 泰孝(やすたか)と言います!」
「営業部……」
美人は小さく呟き、少し動きを止めた。
仲良くなれるかもしれない、このおいしい流れを逃してなるものか、と俺からも迷わず尋ねる。