「いい加減にしてください」
そう言って、水野さんと繋がる手を引き離そうした。
しかし、かなり強い力で彼女を捕らえている。
奴の手首を掴んでみて、ようやく分かった。
ちょっと引っ張ったくらいでは、離れそうもない。
過去に部活動の先輩から教わった、護身術紛いで奴の腕を捻り上げる。
そこで水野さんを捕らえていた、奴の手が離れた。
すると、水野さんは素早く、その場から立ち上がり、一歩下がると赤くなった手首を擦っている。
奴は、そんな水野さんの様子をただ見ていた。
そして、舌打ちを一つすると、今さら俺を忌々しそうに見上げた。
「また、あんたか」
俺がぐっと睨み返すと、目を細めて言う。
「良いのか? 暴力沙汰なんて。俺は取引先の客だぞ」
「取引先だろうが、これは別件だ。仕事には一切、関係無い」
「ふーん? うちの上の者に、エースワンの人間から暴力を受けたと報告すれば、どうだ?」
「脅しのつもり、か?」
「お人好しには分からないか」
フッと馬鹿にしたような笑いが、腹立たしくて仕様がない。
ずっとここに居ると、今にも暴れ出してしまいそうだ。
こんな綺麗な場所に、とてもではないが居られる気分ではない。
「外に出ませんか」
「何故?」
「田中さん。少し話がしたい」
「俺は、別にしたくない」
「……田中さんの為に話すんじゃない。俺の……」
ああ、これ以上言ったら、水野さんとの約束を、また破ることになるかもしれない。
1度目は、中谷さんへの報告。
これが2度目。
水野さんは、奴にバレることを何より恐れているのに。