『やめて……! 痛い! 離してください!』

『そんなに、嫌がらなくてもいいだろ。ちょっと、何か食べながら、話しようってだけさ』



私の手首を強く握られている、痛みを感じるほどに。

最悪の状況に、歯をくい縛りながら、必死に抵抗してみても、全く思い通りに動けない。

どうして、こんなにどうしようも無い程、力が強いの。

悔しくて、涙が滲む。

強く握られるにしても、辻さんとこんなにも違う。

辻さんとのときは。

――困るくらいの、幸せな気持ちでいっぱいなのに。

そのまま引っ張られて、抵抗の甲斐もなく、足だけは後に続くしかなくなる。



『仕事の用がありますので! あなたに構っている暇はありません』



私が叫ぶと、田中さんの足は止まった。

私が喧嘩腰で睨み付けても、彼は何とも思わないらしく、ふっと笑う。

そして、私の持つ紙袋を奪い取る。



『……あっ!』

『用って、コレのことかな? それなら、心配要らない』

『か、返しなさいっ』

『返す必要もない。だって、明日、花川産業の堤さんとコレを使って、打ち合わせするのは俺だから。明日、渡しておくよ。後で、その連絡も俺からしておくから』

『後で、では遅いです。本当にそうしてくれると言うのなら、今すぐ、ここで堤さんに電話入れてください。待たせているんですから』

『どうしようかな』

『ちょっと!』

『はい。します、します』



私が少しキツく注意したくらいでは、この人は聞いてくれない。

それは前から、分かっている。

一緒に仕事している時から、そうだったから。

以前に、会社の前で出会したときもきっと同じ。

驚くけれど、数分もすればヘラッと笑って、直ぐに立ち直ったことだろう。

そして、そのまま引っ張って、連れて来られたのが、このお洒落なカフェだったと云う訳だ。