【水野さん視点】



どうして。

どうして、こんな事になってしまったの。

どうして、私の前に、またこの人が現れたの。

どうして。

この人の、男の人の物理的な力には、どうしてこれ程までに敵わないの。



「……不快です。離してください」

「どうして?」



どうして、こんなに気に障る返しが出来るのか、不思議でならない。

不快だ、と相手が言えば、聞き返す必要も無い。

不快なのだから。

うちの職場を辞めていったはずの、田中さんが私の目の前にて座って居る。

見るからに、下卑た笑みを浮かべて。

私の知らない真新しいカフェまで、無理矢理連れてこられた。

そして、テーブルの上に置かれた私の手は、田中さんに強く握られている。

お客さんのところへお届け物に向かっていて、それで帰ったら、デザートに食べるロールケーキを楽しみにしていたのに。

私、こんなところで何してるんだろう。



約1時間半前――。

この悲劇の発端は、花川産業さんへ徒歩で向かっていた、その途中で起きた。

花川産業さんの建物上に建つ、看板が見えてきた辺りで、この人と出会した。

物陰から突如現れて、私は一瞬で血の気が引いた。

何故、こんなところにまで居るのか、と疑問も浮かんだ。



『まり、また会えたね』



声にならなかった。

引き返してしまいたかったけど、お客さんとの約束が第一。

すり抜けてしまおうと、彼の横を駆け足で通ろうとした。

そこで手首を掴まれてしまい、引き寄せられる。



『無視? 相変わらず、酷いな』



耳元で囁かれ、背筋が凍った。