そんな私はよっぽど挙動不審だったのか、「こけしちゃん大丈夫?」と、みんなに心配されながら、定時を過ぎて会社を後にした。


大通りをとぼとぼと俯きながら歩く、こけし姿の私。
考えることは課長のことばかり。

成瀬課長は容姿端麗、頭脳明晰、エリート街道まっしぐらで、とにかくモテる。
恋愛に関しては引く手あまた、選り取り見取りなんだろうなって想像してしまうくらいに。

課長の優しさに触れてしまったら、きっと誰しもが恋に堕ちてしまうんじゃないかって思ってしまう。

顔色が少しでも悪ければ、体調を気遣ってくれる。
課長は他の人と比べ物にならないくらい忙しいのに、周りをよく見ていて、仕事の配分をスマートにこなす。
いつも温かく見守ってくれて、本当に困っている時には必ず助けてくれる。
決して甘やかさず、時には厳しく叱ってくれる。

そんな人にキスされて、優しい眼差しを向けられて…。

好きな人と想いが通じるって奇跡なんじゃないかって思うけど、私はそれを期待してもいいのかな。

そんなふうに気持ちが舞い上がりそうになるけど、やっぱり私はこけし。
どう考えてみても、課長に相応しくない。
課長が私を選ぶなんて、あり得ないと思ってしまう。

さっきから、気持ちが上がったり下がったりの繰り返し。

そんなことを考えながら、ぶつからないように、行き交う人々の波を通り抜けて、音楽事務所へと急ぐ。
音楽事務所は会社から徒歩圏内の高層ビルの中にある。
仕事帰りに寄るときはいつも歩いて向かう。

車でつけられて以降、周りにアンテナを張り巡らせて警戒しながら行動していた。
ただ、この時は課長のことで頭がいっぱいになっていて、つけられていたなんて、全く気づいていなかった…。