俊哉は由紀恵との食事から帰った夜、一室のドアをノックしていた。
すっとドアが開き、幾太が顔を覗かせる。
「ちょっといいか?」
「どうぞ」
幾太の部屋に入るなり、俊哉は本題を切り出した。
「由紀恵ちゃんは譲れない。さっき俺の気持ちは伝えてきた。」
幾太は振り返り、
「それは残念。でも心配しなくても別に俺は由紀恵さんの事、何とも思ってないですよ?」
俊哉は肩の力を抜いて、背中を後ろのドアへつけた。
それと同時に幾太は一歩踏み出し、俊哉の顔の横へと手をつきながら言った。
「俺、トシさん狙いなのに」
5センチほど身長の低い幾太に壁ドンされながら「へ?」俊哉は間抜けな声を出した。
幾太は更に顔を近づけ言う。
「俺ともキスしてみます?」
「ちょ、ちょっ、待てって」
俊哉は幾太の胸を押した。
「……くっ、…くはははっ、ひぃ」
と側のベッドで転がりだした。俊哉が状況をのみ込めないでいると、幾太はベッドで胡座をかいて肩を揺らしながら
「ふふっ。しませんよ、俺そっちじゃないんで。あまりにも反応が面白いんでからかっただけです。」
「な、なんだ……びっくりさせんなよ…」
「でも、俺は今のトシさん、好きですよ?…あ、そういう意味じゃなくね」
「はぁ…」
「だって俺達といる時、何か無理してるというか、壁感じてたんですよね。何考えてるかわかんないっていうか。でも由紀恵さん来てから、たまにボロ出すトシさんが可笑しくて…」
(そんなに俺、変だったか……)
「俺、人のそういう変化とかに敏感なんで。勇気たちは全然気づいてないと思いますよ。」
「そうか…」
「仕事で気ぃ使って、家に帰っても俺らに気ぃ使ってって、この人どこで自分になるんだろって思ってたんですよね。俺、小さい頃から鍵っ子だったし、ここで皆と家族みたいに暮らせたらって思ってたから……悔しかったっていうか。」
「………」
「だから、由紀恵さんとの事応援しますよ。キスのやり逃げしちゃうとか、肝心なとこでヘタレみたいなんで、しっかり者の俺がちゃんとサポートしてあげます。」
幾太は、白い歯を見せてにっと笑った。俊哉はやっぱり見られたか、と苦い顔をした。
「…まぁ、その、宜しく頼む」
ご機嫌な幾太に、苦笑いを浮かべるしかない俊哉だった。