後は拭きあげた食器を棚に戻すだけの段階に来た頃、
「風呂空いたよー」
と、勇気の声が聞こえてきた。
「俺はさっきシャワー浴びたから、幾太入ってこいよ」
と俊哉が言う。なので、由紀恵も
「冷めないうちに、どうぞ。後はやっとくから」
と声をかけた。
「─じゃ、頂きます」
と幾太は少し不服そうな顔をして、台所から出ていったが、由紀恵は特に気にも留めずお皿を食器棚へと戻していく。
「晩飯、美味かった」
と高い位置にお皿をしまいながら、俊哉が言ってきた。
「ありがとうございます。少しでも恩返しできればと思ったので、喜んで貰えて良かったです」
お皿をすべて入れ終えた時、
「なぁ…」
と後ろに居た俊哉に声をかけられ
「はい…」
と振り返った。
一瞬何が起きてるか分からなかった。
俊哉が由紀恵の後ろの食器棚棚に手をつき、由紀恵の顔を覗き込むように唇を重ねていた。
そっと触れるだけで、ゆっくりと離れていく。
「…え?」
この声は由紀恵ではない。事を起こした張本人の俊哉が、口許を手で隠し、耳を赤くし、後ずさった。
いや、おかしいよ?されたのこっちだからね?
あまりの俊哉の反応に、由紀恵は冷静になり、慌てて台所を後にする俊哉の後ろ姿を眺めていた。
部屋のドアが閉まる直前にガタッという音と共に「いっ」
という声が聞こえてきた。それに由紀恵は「ふっ」と笑いを漏らしたが…。
いや、されたのは私だからね?
奪われたのはこっちだからね?
何を乙女な反応してんの?
大家さん、本当いったい何考えてんですか?!