「どうしたんですか?」

少し息を切らせて私の前で立ち止まった北本先輩を見上げる。


「向こうから、千尋ちゃんが一人で座ってるのが見えたから」

「それで、急いで来てくれたんですか?」

「そう。一人だと危ないし」

大学構内で、どんな危ないことがあるんですか。


「私、子供じゃないんで一人でも大丈夫ですよ」

もうすぐ紀伊ちゃんも帰ってくるし。

「大丈夫じゃなかったよ。そいつらが声をかけようとしてたし」

北本先輩がそう言って睨み付けた先には、三人の学生。

慌てて目を逸らせて去っていく。


「意外に近くに人が居たんですね」

私に声をかけようとしていたのかどうかは、分からないけど、近い距離に居たことに驚いた。


「千尋ちゃん、ぼんやりしすぎ。ちょっと警戒心持とうか」

「ぼんやりはしてましたけど。警戒心は持ってますよ」

失礼な、私だってそれなりに周囲は警戒してる。


「さっきの連中に気づかなかったでしょ?」

「あ、まぁ、そうですけど。あの人たち、通りかがりだったのかも知れないし。私、声なんてそうそう掛けられないですよ」

「はぁ・・・誰、この子をこんなにも自然培養しちゃったの」

北本先輩が額を押さえて大きな溜め息をついた。


自然培養ってなんですか?

まぁ、いいか。聞くと長くなりそうだし。


「北本先輩は何処かに行こうとしてたんですか?」

中庭に居るなんて珍しいし。


「うん、教授にレポートの提出に行ってきた帰り」

「紀伊ちゃんと一緒ですね」

「彼女一人だけ? 千尋ちゃんは提出しないの?」

「はい。私は直ぐに出したので。紀伊ちゃんをここで待ってるんです」

「そうなんだ。隣座っていい?」

「はい、どうぞ」

隣に置いてあった鞄を膝の上に乗せた。


「ありがと」

そう言って座った北本先輩から、ふんわりと良い匂いがした。

北本先輩は、いつもお洒落な匂いがする。

くんくんと鼻を動かしてしまった。


「ん? どうかした?」

「あ、いえ、なんでもないです」

慌てて誤魔化す。


「そう? もうすぐ夏休みだね。何処かに出掛けるの?」

「お盆は実家に帰ります」

「そっか・・・その間は会えないのか」

そんな寂しそうに言われるとは思わなかったな。


「お土産買ってきますね」

「本当?」

「はい。涼香ちゃんとも約束してますし」

「そ、そっか、そうだよな」

元気になったり落ち込んだり、北本先輩は忙しい人だな。