「嘘だろ? 嘘だよな。もう浮気なんてしないって誓う。だから、俺の所に戻ってきてくれよ」
懇願する大翔の瞳は、ずっと昔に見たものだ。
あの頃と違って、胸が苦しくならないのは後ろに居る北本先輩のお陰かも知れない。
「お前、千尋が居たのに浮気したの? バカだよな。こんな最高級な彼女なのに裏切るとかあり得ないね」
真剣な声でそう言った北本先輩は、大翔を見下したように見据えた。
嘘でも、北本先輩の言葉が嬉しかった。
私を私と認めて貰えたような気がして。
「気の・・・気の迷いだったんだ」
大翔はそう言って項垂れる。
「俺は気の迷いなんて起こさないね。第一、こんな可愛い彼女がいるのに他の女にいい顔なんて面倒くさくてやってられないよ」
北本先輩の言葉が本気みたいに聞こえる。
その場かぎりの嘘だって分かってるのに、胸がキュンとするのを止められないよ。
「・・・っ」
大翔は崩れるようにその場に膝をつく。
昔、大好きだった大翔。
いつも一緒にいて、ずっとそれが続くと思ってた。
でも、何もかも幻想だったんだよ。
「大翔、さよならだよ。あの時、言えなくてごめん。私はもう大翔を恋人として見ることは出来ない」
さよならも言わずに、別れるの一言で大翔から逃げた私もきっと狡かった。
だから、二人ともこんなにも引きずってしまったんだね。
「・・・千尋、ごめん。あの時、裏切ってごめん」
大翔の大きな瞳から涙が溢れ落ちる。
それを見てチクチク胸の奥が痛んだけれど、私はもうその涙を拭ってあげる事はない。
「ううん。お互い忘れて別々の道を歩こう」
「・・・ああ」
「じゃ、これでお別れだよ」
溢れそうになる涙を我慢して北本先輩を振り返る。
「もういいの?」
優しい彼の声にゆっくり頷いた。
「じゃあ、行こう。涼香も心配してるし」
「はい」
北本先輩は私を解放すると手を引いて歩き出す。
涼香ちゃん、一人で大丈夫かな?
目尻の涙を人差し指で拭う。
「大翔君だっけ? 君の分まで千尋は俺が幸せにするよ。裏切って悲しませたりしないって誓う」
北本先輩は振り返って大翔に言う。
「・・・っ、はい、千尋をよろしくお願いします」
大翔の絞り出すような声がしたけど、私はもう振り向かなかった。
私達の進む道は交わることはない、この先ずっと。