ー倫太郎sideー


「北本先輩、腕から血が出てます」

さっきまでとは違って、おどおどした様子もなくハンカチを差し出してくれた千尋ちゃん。


「ありがとう。でも、君の膝の方が凄いよ」

俺の腕はかすり傷だし。

千尋ちゃんの膝の方が流血が激しい。


「私、家が直ぐそこなんで大丈夫です」

「いやいや、そう言う問題じゃないよ」

「そう言う問題です。使ってください」

千尋ちゃんは一歩も引かない強い意思で言う。


仕方ないなぁ、借りるか。


「じゃ、お言葉に甘えて」

ハンカチを受け取って、腕の血を拭き取る。


「今日は本当にありがとうございました。北本先輩が助けてくれなかったら大事故にあってました」

丁寧に頭を下げた千尋ちゃん。


「間に合ってよかったよ」

本当、彼女が出てくるのを待ち伏せしててよかった。

千尋ちゃんには言わないけど、コンビニを出たあと彼女の帰りを少し離れた所で待ってたんだよね。


別にストーカーするつもりはないけど、暇だったし待ってみたんだ。


「たまたま北本先輩が居てくれて良かったです」

千尋ちゃんの言葉に胸が痛いな。

たまたまじゃないから。


「本当、たまたま遭遇してよかったよ」

ちょっと苦笑いになる。

「このお礼は改めてします。本当にありがとうございました」

千尋ちゃんはもう一度頭を下げると、その場から去っていく。


「あ、遅い時間だから送っていくよ」

「いいえ。紀伊ちゃんが直ぐそこまで迎えに来てくれてるので」

千尋ちゃんは少し先の方へと目を向ける。

あんまりしつこくしてもダメだよな。


「そっか。じゃあ、気を付けてね」

「はい。本当にありがとうございました」

何度も振り返りながら会釈する彼女を静かに見送った。


小さくなっていく背中を見つめながら、俺は甘い吐息を吐く。

心臓がドキドキしてることに気づかれなくてよかったよ。


「あんなに美少女だったなんて、反則だろ」

彼女は俯いてやり過ごしたつもりでいただろうけど、ばっちり顔が見えたんだよな。


視力の低い君は気づいていなかっただろうけど、君の眼鏡を探す俺を見る時に、しっかりと見えていたよ。

もちろん、その前に分かってたけど。

千尋ちゃんを助けるために抱き締めてバイクを避けた時に、俺は心臓が飛び出すんじゃないか? ってほどの衝撃を受けた。

彼女の愛らしさと、ふんわりと香ったソープの香りに全ての意識を持ってかれた。