「はい、先生」

素直に頷いてくれて良かったぁ。


北本先輩の秘密を意図して聞いた訳じゃないけど、ちょっとモヤモヤした。

あの人にもあの人なりの、言い訳や事情もあるんだな。


「さ、じゃあ、今度は算数ね」

テキストを片手に勉強を始める。

その後は、涼香ちゃんもお家の事を話す事なく、しっかりと勉強に励んでくれたので助かった。






「じゃあ、今日はこれで失礼します」

玄関先に見送りに来てくれた鏡花さんと涼香ちゃんに頭を下げる。

「遅い時間なので、気を付けて帰ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」

「先生、また来週来てね」

跳び跳ねながら、微笑む涼香ちゃん。


「うん。宿題きちんとやっておいてね」

「は~い」

片手を上げて返事した涼香ちゃんは可愛い。


「神宮寺先生、涼香ちゃんに可愛らしいプレゼントをありがとうございました。来週はぜひ、一緒に夕飯を食べていってくださいね」

「大したものじゃないので、お気になさらないでください」

当たり障りない返事を返す。

休憩の時に、飲み物を持ってきてくれた鏡花さんに、涼香ちゃんが私からプレゼントを貰ったと嬉しそうに話した事で、鏡花さんがお礼にと夕飯に誘ってくれた。

今日は都合が悪いのでと断れたけど、来週はどうやって断ろうかな。

夕飯なんてご馳走になってたら、北本先輩が帰ってきちゃうかも知れないし。

そんなリスクは犯せない。


「神宮寺先生こそ、気を使わずに気軽に夕飯をご馳走させてくださいね」

「あ、はい。都合が合えばお願いします」

そう言って頭を下げて、彼女達に背を向けた。


長居して、話が進むのは困っちゃう。


「先生、バイバーイ」

涼香ちゃんの声に、門の所で一度振り返って手を振ると、すっかり日の落ちた住宅街へと足を踏み出した。



はぁ・・・今日も会わずに済んだ。

ほっと一息ついたのも、束の間。


前方に賑やかな集団を発見した。


男女ペアーのカップルが二組、静かな住宅街に声を響かせて歩いてくる。


反対側の歩道を歩いてるその集団に聞き覚えのある声がした。


「だから、今日は俺んちは不味いんだって」

女の子を腕にぶら下げた北本先輩だ。


あっちゃ~ニアミス。

このまま、こちらに気づかないでくれたら良いんだけど。


出来るだけ目立たないように俯いて端を歩く。