第二話 責任と怒り

翌日

真緒は学校へ行かず、奈千のいる病院へと足を運んでいた

「…!真緒、お前今日学校じゃ…」

「…っ、!」

たまたま、出勤時間の被った英治と鉢合わせてしまった

制服姿で鞄を持っている真緒

「…どうしても心配で。居ても経ってもいられなくて…」

真緒の目の下には、濃くクマが残っていた

「…」

それを見た英治は大きくため息をつき

「…ちょっと俺に付き合え、真緒」

「え、ちょ…っ?!」

真緒の手を引いて、院内へと向かった


「…えっと、これは……」

「俺の奢り。食え」

院内にあるカフェに連れてこられた真緒

目の前には、沢山の食べ物が並んだ

「お、俺こんなに食べれないんだけど…」

「なーに言ってんだ!
成長期の男子高校生だろ?このくらい食わなきゃ、体力持たねーっつの」

英治はそう言いつつサンドイッチを頬張る

「…俺が少食なの、知ってるだろ」

「だからだって。

…そんなんじゃ、奈千ちゃん守れねーぞ」

「うっ…」

色が白く細い、自分の腕に目を落とす

「…いただきます」

「おう」

手を合わせてハンバーガーにかぶりつく真緒

「やっぱ男はこうでなくっちゃな〜
千尋なんて、俺の倍以上食うのに」

けらけらと笑いながら楽しそうな英治

「…そうなの?」

あんな細いのに…

「おう!あいつああ見えてすっげー大食いなんだ…って、いてっ?!」

英治が言いかけたところでゴツッ、と鈍い音がした

「おま…」

「おはよう、真緒くん♡

…英治、今日仕事終わったら覚悟しときなさいよ」

「千尋姉!」

真緒がぱあぁっと顔を明るくさせた視線の先には、ナース姿の千尋がいた

どうやら、持っていたトレイで英治の頭をはたいたらしい

「せっかく早く来たからここでお茶しようと思ってたのに…あんたに任せてたら、気が気じゃないわ」

ふん、とため息をついて真緒の横に座る千尋

「…それで?英治は“この時間を狙って来た”んでしょう?」

「…え?」

先程とは打って変わり、くすくすと笑う千尋と、驚いて目を見開く真緒

「…そういう事は言うなって」

あーあ…と髪をくしゃくしゃにする英治

「…なに、英治兄ちゃん。
俺があの時間帯にここに来るって、予測してたって事?」

疑いの眼差しで、英治を見つめる真緒

「…まあ、あれだ。

もし俺がお前の立場なら、お前と同じことをするだろうと思ってさ」

「兄ちゃん…」

「…奈千ちゃんの結果、聞きに行くか?」

「?!
楓さんから、何か聞いたの?!」

英治は小さく頷く

「…それ食ったら、上あがるぞ」

「…うん!!」

「急いでかき込んだら、喉詰まっちゃうわよ」

ふふ、と千尋が微笑む

「…千尋、後で楓の所にこれ持って行ってくれるか」

英治がポケットから取り出したのは二つのUSB

「え、今から行くならその時渡せばいいんじゃ…」

「俺、この後新しく入る入院患者の資料受け取りに行かなきゃならねんだ

…千尋。

バレてないと思ってるのか知らねーけどさ…

お前、今日休みだったろ?」

「…バレた?」

真緒が食べる手を止め、ごっくんと飲み込む

「千尋姉、もしかして…」

「ごめんね、私も…気になっちゃって」

「千尋姉…」

本当は真緒の様子が心配で、来てしまった千尋

「普段着だと不自然に思われちゃうかなーって思って。

ナース服なら、誰も怪しまないでしょ?」

「…オフのやつがナース服着て院内にいる方が不自然だ」

「えぇ?!これ、マズイ?!」

英治の言葉に青ざめたリアクションをする千尋

「ま、幸いこの病院無駄に広いし?
知ってるやつの方が少ないだろ」

「だよね〜♪」

「…ゲンキンなやつ」

そう言って、英治はコーヒーに口をつけた


「…楓、入るぞ」

食事を終えた三人は、楓のいるオペ科へと入る

ガチャ、と扉を開くと、奥の方でパソコンに向かう一人のドクターがいた

「お前なぁ…いるなら返事くらいしろよ」

「…あぁ、英治か。神崎ちゃんも。
それから…えっと…?」

「昨日の急患で運ばれてきた子の幼馴染み。俺の従兄弟でもある」

「い、一条真緒です!」

「そうか、真緒くんか。俺は山本楓、よろしく」

楓は真緒に握手を求めると、真緒もそれに応じた


「…さて、それじゃあ本題っていうのは……」

「…急患で運ばれた、奈千ちゃんの事だ」

ゴクリ…

真緒の緊張感が、千尋や英治にも伝わる

「…正直、あまりいい結果では無いんだ

それでも真緒くんは、聞くかい?」

「…聞きます。
奈千は、俺の大事な幼馴染みなんで」

「……幼馴染み、か…」

キィ…と座っていた椅子を鳴らす楓

「…ついておいで」

席を立った楓は、三人と部屋を出た


「……」

「…あれが、君の言う奈千ちゃん」

「…っ、」

「…!!」

分厚いガラスの向こう側に、

いくつもの機械に繋がれた奈千が見える

「……」

真緒は、呆然とそれを見つめた

「……」

千尋は、声を失うほどの衝撃を受けた

「発見が早くて助かった。

だが…

思っていたよりも、症状が進行していたようでね」

「症状が…進行?」

英治が眉をひそめる

「…真緒くん。

奈千ちゃんは昔から体が弱かったとか、そういうのはあったかな?」

楓が分厚い資料を片手に、ワゴンに乗ったノートパソコンを開く

「…確かに昔から、体は弱かったんです。
でも、何か病気があるっていうのは…」

「…そうか」

君は、何も聞かされていなかったんだね

楓はそう呟くと、奈千を指さす


「…最悪の場合、このまま植物状態に陥る可能性もある」

「…っ、?!!」


はっきりと告げた楓の声は

しっかりと、真緒に届いた

「植物、状態…?」

ドラマやマンガの世界でしか知らないそれは…

真緒に現実味を帯びさせるには、難しいものだった

「…楓、奈千ちゃんの病名は…」

英治の言葉に、小さく頷く楓

「奈千ちゃんの病名は…」


“脳内出血”


それが、奈千に課せられた試練だった

「脳内出血…」

「最近増えていてね…

検査の結果、奈千ちゃんは元々脳にある血管が、人並みよりもかなり細かったんだ

それが何かしらのアクシデントで一部が破裂、脳内出血を起こしたのだろうと僕らは推測しているんだ」

アクシデント…

「確かに、奈千はあの時意識を失ったんですけど…
あの時は、俺がすぐ気付いて抱えてたんで、衝撃を与えたりは無かったはず…」

「それじゃあ、今日の奈千ちゃんに何かいつもと違う様子は見られたかい?」

いつもと違う様子…

「そういえば、体調不良だったみたいで…午前中、保健室に居たって聞きました」

楓の言葉に必死に記憶を呼び戻す真緒

「…それじゃあ、それと何か関係があるかもしれないね

真緒くん、申し訳ないんだけど…少しだけ、協力してくれないか

君の力が必要なんだ」

「お…俺に出来ることがあれば、何でも!」

真緒の力強い眼差しに、楓が微笑む

「頼もしい幼馴染みだ」

楓は真緒を連れて先程の部屋へと戻った

「…英治」

「…分かってる」

千尋の不安げな声に、英治は答える

「一命は取り留めたらしいが…

楓の言う通り、植物状態になる可能性も0じゃない」


…遷延性意識障害


千尋の脳裏に、最悪の結果がよぎる

「…お願い奈千ちゃん。

真緒くんやみんなが、あなたを待ってるのに…」

目に涙を浮かべる千尋

「…」

そこで英治は、ある事に気がつく

「そういえば…智之さん達は?」

「ご両親なら、とっとと仕事に戻ったよ」

英治の言葉に呆れ顔で返す楓

「…真緒は?」

「少し、仕事を頼んだ

…にしても、薄情な親だよ全く。

『娘の容態が急変したり、緊急の時だけ連絡をしてほしい』

だってさ。
そんな事ある?娘の一大事なんだよ?」

少し怒った口調でそう言う楓はガラスの向こうの奈千に視線を向ける

「…奈千ちゃん、昔からそんな感じだったんだ

俺が真緒の家に行くと、奈千ちゃんがいつも真緒の側で笑ってた

…家に両親二人とも、なかなか帰ってこれないみたいでさ

寂しい子供時代、過ごしてたと思う」

奈千を見つめる英治は、とても寂しそうだった

「…真緒くんだけが、頼りだったんだね」

千尋の言葉が、深く突き刺さる

「…真緒、今どんな気持ちだろうな」

きっと心の中は整理が出来ていないまま、ぐちゃぐちゃなのだろう

それは、この場にいるみんなもそうだった

「…早く、目を覚ますと良いね」

「…僕達も、最善は尽くすつもりだよ」

「…」

無機質な機械音だけがそこに響き…

しばらくの間、三人は深く眠る奈千を見つめていた