第十二話 終幕と想い

「…」

始まりは、結花と真緒が出会ってしばらくたった頃の事だった

「ちょ、奈千?!大丈夫?!!」

最早、日常茶飯事と言っていいほど頻繁に何も無いところで転ける奈千

登校途中の今も、こうしてすっ転んでしまったのだった

「ったく…ほら」

「えへへ…」

ため息混じりに真緒が奈千に手を差し伸べる

「…ほんっと、真緒くんいなきゃ奈千、何にも出来ないわね」

「ご、ごもっともで…」

「いつもの事だ、気にしてない」

ふー…と息をつき、奈千が立ち上がったのを確認して二人の前を歩く真緒

「…本当、王子様って感じね」

「…え、誰が?」

結花の言葉に奈千が首を傾げる

「…今の状況で真緒くん以外に誰がいるの」

「えぇっ?!真緒ちゃんが?!!」

「…?」

「しっ!…声が大きいって!」

「あ…ごめん」

何事かと真緒が振り向くが結花が笑ってごまかす

「…それで?何で真緒ちゃんが王子様なの?」

真緒が前に向き直って音楽プレーヤーにイヤホンをさし、音楽を聞き始めると奈千が恐る恐る尋ねる

「いや…普通の男だったらあんたみたいなドジっ子、とっくに面倒になってポイしてるわよ?」

「なっ…!?」

奈千はひどくショックを受けたらしいが…

すかさず負けじと反撃に出る

「そっ…そんな事ないもん!!
確かに真緒ちゃんは思いやりがあって優しくて…優しくて…!!」

「あー…はいはい。分かってるわよ」

必死で反撃しようとする奈千の頭をポンポン叩く結花

「…ファンが増えたりして、取られないようにね♡」

「もーっ!結花のばかぁ〜!!」

こんな風な毎日が続いていた頃

この頃はまだ、平和だった


しばらく経って、この関係が崩れ始めたのは…やはり、“あの日”だろうか


「うっわぁ…ツイてない……」

台風が近かったあの日

大雨警報が出るほど外は土砂降りで

それなのに結花は、傘を忘れてしまったのだった

「どーしよ…これじゃ帰れないじゃん」

止みそうにない雨を見てため息をつき、来た道を戻ろうとする

「…あ」

「…おう」

偶然にもばったり、真緒と鉢合わせた

「…あれ?今日は奈千と一緒じゃないの?」

「あぁ。
放課後になってから部長に呼ばれてな
…すぐ来るだろうし、ここで待っとこうと思って」

「…そっか」

止みそうにない雨を見上げ、真緒は靴箱にもたれ掛かる

「…楸はまだ帰んないの?」

「…傘、忘れちゃって」

「…!
しっかり者の楸が忘れ物とか、珍しい」

いつも真緒のいない所で奈千の面倒を見てくれている結花

周りからもしっかり者というイメージが強く、実際、学級委員長もしていた

「学校に傘置いてると思ってきたんだけど…生憎、無かったみたいで」

参ったよ〜と頭の後ろに手をやり笑う結花

「…この雨の中、どうやって帰んの?」

「そうだなぁ…取り敢えず、お兄ちゃん呼ぼうかなって」

「楸、兄貴いるんだ」

「八つ離れてるけどね〜…って、うわ、薄情もの!!」

スマホに目を落としていた結花はタイミング良く来たメッセージを見て叫ぶ

「…お兄ちゃん、これから会社の同僚と飲みに行くって!何それ!!」

妹が風邪引いてもいいわけ?!

そう言ってスマホに怒る結花

「…ふっ」

「っ、あ」

思わぬ場面を真緒に見られ、顔が熱くなる結花

「楸もそういう顔、するんだな」

「…っ、悪い?!」

「いーや?…いいと思う」

「…っ、!」

この人、素でこういう事言うから…

熱くなった頬を冷ますように手のひらをパタパタさせる結花

「…奈千とはどうなの?まだ言ってないわけ?」

「!」

随分と前から真緒の想いを当時から知っていた結花

…真緒が、奈千の事を好きだという事を

「…言う言わないとか、そういうのじゃないよ」

「じゃあ何よ?」

首を傾げる結花に対し、どう言っていいかわからない様子の真緒

「…」

少し間を置いて、真緒が口を開く

「…俺は、今のままでいいんだ」

「…何それ?
じゃあもし奈千に別の男が出来たらどうするつもり?」

「…っ、?!」

「有り得なくは無いわよ?だって奈千、女の私から見ても可愛いし。

…それに現状、奈千結構モテるわよね?」

「…さっきの、まだ怒ってんのかよ」

「当たり前じゃない」

「…ごめんて」

「…ふふっ」

さっきの仕返しとばかりに真緒にちょっかいを出す結花

「…もうすぐ奈千も来るでしょうし、私はお邪魔だろうからもう行くわね」

「行くってどこに」

「決まってるじゃない。…帰るわよ」

「いやいや!おま…こんな雨の中傘もささずに帰る気?」

「…だって無いものは仕方ないじゃない」

そう言って結花が踵を返した

その時


ーーーーパシッ!!


「…!」

「…これ、使って」

真緒は結花に紺色の傘を渡した

「え…でもこれ…」

「大丈夫。…奈千が忘れた時用に、こっちがあるし」

そう言って、真緒は鞄から水色の折りたたみ傘を取り出す

「…本当、王子様みたいね」

「俺が?…ないない」

「…優しいのね」

クスッと結花が笑う


「女の子に風邪引かれちゃ、困る」


そう言って、真緒は眉を下げて笑った

「…っ、!!」

結花はその笑顔に一瞬固まり…

「…っ、じ、じゃあね!ありがと!!」

そそくさと、その場を後にした


この日から、結花は真緒に対してよそよそしくなった

それと同時に…

一番近くにいた奈千への当たりが、この日から強くなっていった

「…ねぇ、奈千?」

「んー?」

ある日の昼休み

結花が何か企んだような顔で奈千の席へとやって来た

「…今日ね、奈千宛てのラブレター貰っちゃって!」

「…え、あたし?結花じゃなくて?」

「ほらっ、開けてみなって!」

「う、うん…」

内容は今日の放課後、視聴覚室で話があるという別クラスの男子からだった

「も〜奈千ってば、モテモテじゃん!」

「いやいや…」

実はこれ、今週に入ってトータル十二通目

しかも全て違う人物からの手紙だった

「…そろそろ一人くらい、行ってあげたら?」

「でも私この人も知らないよ?話したことないし…」

「まぁ…この機会にさ、真緒くん以外の男友達作ろうよ!
奈千にも彼氏が出来るかもしれないしさっ♪」

「かっ…?!」

結花の言葉に一気に赤くなる奈千

「…それじゃあ明日、報告楽しみにしてるね!」

結局その日の放課後、奈千はやむなく視聴覚室へと足を運んだ

「…失礼しまーす……」

ガラガラ…とドアを開けると

「…!」

驚いた顔で、一人の男子生徒が奈千の方を振り返った

「…えっと…あなたが、手紙をくれた人?」

奈千がそう言った

次の瞬間


ゴッッッッ!!!!

「…っ、?!」

「おい、そこ閉めろ」

ピシャンッッ!!

奈千の後頭部に鈍い衝撃が走り、前のめりに倒れ込む

そしてすかさずドアに鍵がかけられ、奈千は閉じ込められてしまった

「…っ、どういう、事…?!」

朦朧とする意識の中、奈千は必死に声を出す

「…え、だって君が僕らを呼んだんでしょう?」

「…なに、いっ、て……?!」

すると奈千の背後から四人、男子生徒が先程の男子生徒の元へと歩みを進め、その中の一人がスマホの画面を倒れ込む奈千に見せた

「…!!」

「君、清純そうな顔して…実はこういう趣味あったんだね♪」

スマホの画面には、どこかの出会い系サイトのようで…

そこには、奈千の顔写真と名前、他の人が知るはずのない電話番号やメールアドレス、そして…

“寂しい私を構ってくれる優しい人、募集してます♡”

「なに、これ……?!」

そんなメッセージが書かれていた

「私、こんなの…知らない…!!」

そしてその時

奈千の脳裏に、結花の怪しいあの笑顔が浮かんだ

「…っ、まさか……?!!」

奈千の身体から、血の気がサーっと引いていくのが自分でも分かった

「まあまあ…そういう事だからさ♪」

男子生徒が二人、奈千の身体を地面に押し付ける

「…っ、!!」

「…“頼まれたもの”は仕方ないよね?」

そう言って、残りの三人は奈千に手を伸ばす

「いっ…いやあああぁぁぁぁぁ!!!!」


その日から、奈千は真緒と部長である悠貴以外の男子生徒と一切話すことは無かった




「…奈千、何でそんな大事なこと…俺に黙ってたんだ?!」

真緒が今までにない剣幕で奈千の肩を揺さぶる

「…真緒ちゃんに知られるのが、怖かったの」

「なんで…!?」

真緒は身体だけでなく、声も震えていた

「…真緒ちゃんだけには…嫌われたく…無かった……!!」

「…っ、?!!

俺が奈千を嫌いになるわけねーだろ!!!!」

真緒はそう言って、奈千を優しく抱きしめた

「お前…どんだけ俺の知らないところで傷ついてんだよ…!!

何で…何で……!!」

奈千の衝撃的な告白に、真緒はまた涙が溢れた

「頼むから…頼む、からぁっ……

俺を、頼ってくれよ…!!」

「真緒ちゃ……」

嗚咽を漏らしながら、奈千も真緒の背中に手を回した


「……ごめんね…真緒ちゃん」

静かに目を閉じて、奈千は真緒の温もりを感じていた


明くる日の朝

奈千は真緒に車椅子を押してもらい、ある場所へと来ていた

「…まだ無理なら、俺だけでも良かったのに」

「…ううん。大丈夫だよ」

パジャマに真緒のカーディガンを羽織り、膝掛けを掛けた奈千は静かに微笑む

「…本当は、もう二度とお前に会わせたく無いんだけどな……」

「…ケジメ、ってやつ…かな」

奈千の前にしゃがみ込む真緒

そんな真緒の手を包み込む

「…真緒ちゃんの手、冷たいよ」

「…今日は一段と冷えるからな」

ギュッとその手を握り、奈千の体温が真緒を包む

「…真緒ちゃん」

「…ん?」

「……ありがとう」

「……おう」

二人は目の前で待ち構える、警察署へと足を一歩、踏み出した