制服のリボンを結び直し、私は差していた傘をたたんで、ぎぎんっ、と前を見据える。
「ここ、かぁ」今日からかよう新しい学校。普通の中学だけど、やっぱり小学校とは違うオーラを校舎が放っている。
「…でかいな。」当然だ。一学年7クラスもあるんだから、でかくて当たり前だ。そんな当たり前のことでさえ、今日は嬉しくて、大袈裟に感じる。そんな自分が、ちょっとバカらしい。
 クラス発表がされるまでは、まだ時間があるみたいだ。私は雨のかからない軒下に移動して、文庫本を広げる。
 本のタイトルは、「いつも窓辺にいた君は、いつしか空へと舞い上がっていった」。通称「マドキミ」。多分日本中の女子中高生の7割は知っているであろう、恋愛小説。
 超人気作家「高坂みお」の作品で、コミック化も、アニメ化も、映画化もした、伝説の名作。主人公の「ユキ」が、難病の男の子に一途な恋をするっていう定番モノだけど、とっても魅力的なお話だと思う。
 途中まで読み進めていたから、ラストまで読もうかと思ったんだけど、このまま読んだら、ウルウルしちゃいそうだったから、やめた。
 入学式に、親が仕事で来れないとか、ありえない、悲しすぎる。
 情けなくて、別のイミでウルウルしそうになって、私は勢いをつけて立ち上がった。
「バサッ」しまった。ヒザの上に本を載せていたのを忘れて、もろに落としてしまった。
「?」本を取ろうと伸ばした指の先には、「マドキミ」が、二冊。一冊は私の。もう一冊は?
誰のだろ。雨の中に放置するのもアレなので、私は「マドキミ」を二冊入れて、校舎の中へと入って行った。


さすが、7クラスもあると、仲の良い友達なんてそうそういないもんだ。
まさか他に知り合いがひとりもいなかったらどうしようと思っていたら、そのまさかで知り合いがひとりもいなかった。
 入学式のあとの教室が恐ろしくつまんなくて、もう泣いても良いや、と開き直って再び「マドキミ」を読み出す。
 あー、ここのユキが一人で教室にいる所とか、切なくて泣ける~!と思っていたら、誰かの目が文庫本の上から覗いていた。
「ぎゃわはっ!」びっくりして変な声が出てしまい、その反動で私は、ノゾキ見していた男子の顔面を、思い切り叩いてしまった。 
「あいてっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」 へーきへーき、と言いながら平気じゃ無さそうに鼻を押さえる男子。鼻血が出てないかのぞきこむと、一言、だいじょぶ、と言い、嫌な顔一つせずに、話しかけてきた。
「あー、びっくりさせちゃった。ごめん。」いやいや、こちらこそ、初対面から申し訳ない。
「いえ、あの、すみませんでした。」
「いやいや、本当に平気だから。それより!何よんでたの?」私が本の題名を見せると、今度はあっちが変な声を出した。
「わあーっ!マドキミじゃん!好きなんだ!?僕も!」