「何も、知らない。……それが、怖いんか?」
視線を巡らせれば、魅雨伯母さんは陽希伯父さんの服の裾を握りしめて。
彼女もまた、“無知”だったから。
「はい……怖い。何が起こっているか、判らない。だから、相馬に良い言葉をも、かけられない。相馬は、優しい。やさし、過ぎるから……」
沙耶は、顔を覆って。
「私を、守るために……私を、死なせないために、愛を告げてくれているのなら……春馬さんと、同じことをさせているのなら、私は、自分のことが許せない……」
父さんは、和子……僕らの本当の母親が死なないように、と、偽りの愛を告げ続け、偽りに愛し続けた。
愛している振りを、し続けて……最終的に、逃げてしまったのだ。この家から、和子から。
「本当は何度も、何度も、考えるんです。相馬は私の命を伸ばすために、私と契約を結んだ。それの延長で私と結婚してたら、どうしようって。私がどんなに相馬を愛していても、相馬が無理しているのなら、私はそれが耐えられない!」
契約。
沙耶の命を伸ばすため、契約を結んで、恋人になったと確かに相馬はいっていた。
でも、その中で、沙耶に抱いた感情は確かに恋情で、その話を聞いていた僕にでも伝わってくるほどのまっすぐで重く、深い愛情。
「嫌だ……こんなに、醜い自分になるんだったら……知らなければ、良かった。人を、相馬を愛する気持ちなんて。安心する、気持ちなんて。知るんじゃなかった……知りたく、なかった……」
無知ゆえに、それすらも、沙耶は疑う。


