オトナの恋は礼儀知らず

 四十九日が済んで納骨も済ませた。
 未だに実感がないままだった。


 ふと思い出す浩一さんとの会話。
 懐かしい福田くんの名前。

 年賀状は毎年お店に来ているらしくて、それを必ず亜里沙が渡してくれる。
 福田くんが頑張っているところを見て欲しいようだった。



「すみません。
 まだオープンの時間じゃ……。
 なんだ友恵さん。」

 独立した最初の日にお祝いに来て以来。
 その時よりも落ち着いて年相応に老けた福田くんがいた。

 浩一さんには敵わないのよね。
 浩一さんに行ってと言われると行かざるを得ない。
 きっと惚れた弱みね。

「あのじいさんくたばったの?」

 じいさんくたばったって……福田くんらしいけど。

「馬鹿だろ。あの人。
 何年か前に1人で髪を切りに来て、俺を指名して。」

 浩一さん……福田くんに会いに来たの?
 目を伏せた福田くんは床の一点を見つめたまま話す。

「友恵さんの旦那とは知らなくて切り終わった時に言われたんだ。
「僕が亡くなったら友恵さんをお願いします」って。」

 馬鹿ね。福田くんにお願いするなんて。

「そんなもん大事なら自分が大切にしなって言ったら「そうしたいに決まってる」とだけ言い残して帰っていった。」

 浩一さんはそれが一番の心残りだったのかしら。

 だったら他の人に頼まないで欲しい。
 私を侮らないで欲しいわ。
 私は浩一さんの思い出だけで生きていけるもの。

「浩一さんがごめんなさいね。」

 伏せていた目を上げて睨むように見据えてきた福田くんが、独立すると言った日の福田くんのようだった。

「もし、もしも俺が今も友恵さんのこと好きですって言ったらどうなりました?」

 福田くんまで浩一さんに弄ばれてるわ。

 微笑んで答えを返した。

「今の福田くんの中には違う人が住んでるんでしょ?」

「俺のことはいいんです。
 友恵さんがどうしたか聞いているんです。」

 微笑んだまま変わらない思いを話す。

「浩一さん以外、考えられないわ。
 彼が生きていようがそうじゃなかろうと私には浩一さんだけなの。」

「そっか。ありがとう。
 ちゃんと俺を振ってくれて。
 やっとちゃんと振られることができた。」

 晴れやかな顔に安堵する。
 福田くんは過去になんて囚われていないわ。

「馬鹿ね。
 大事にしないといけない子がいるでしょ?」

「分かってます。」

 挨拶を交わして店の外に出た。
 懐かしい人との会話を終えて、もう何十年も前のことに思いを馳せた。

 私達の結婚の数年後に福田くんは亜里沙と結婚した。
 亜里沙から報告を受けた時は喜んだ。

 それなのに亜里沙も変なこと言っていたっけ。

「友恵さんへの気持ち知ってて結婚するんで大丈夫です。」

 馬鹿ね。もう私のことなんてなんとも思っていないわよと思うのに、笑ってそのことを告げる亜里沙が健気で可愛かった。
 そしてこういう子が一番幸せにならなきゃいけないと思った。

 そんな心配が無用なのは福田くんと亜里沙が2人で話しているところを見た時。
 お互いに大切だと思っているのが伝わってきた。

「まったく浩一さんったら。
 無駄足でしたよ。」

 上に向かってつぶやいて浩一さんに届いているかしらと空を見上げた。
 そこには綺麗な鰯雲が泳いでいた。