黙ったままの桜川さんがやっと口を開いた。

 それは思ってもみないことだった。

「友恵さん。結婚してください。
 僕には友恵さんが必要だ。
 僕が友恵さんを1人にしません。
 必ず僕の方が長生きして友恵さんを看取りますから。」

 友恵の手を取り跪いた桜川さんは、まるで王子様が愛しいお姫様にするように手の甲にキスをした。

 手に入れかけた幸せ。
 そこに桜川さんと一緒に歩んでいく人生が含まれていたことに気づかされた。

 妊娠していたことで桜川さんと赤ちゃんとの幸せが待っていると思っていた。
 妊娠していなかったせいで全ての幸せは無くなったと悲観していたのは自分だけだったのだ。

 見ないように避けていた気持ち……。
 正反対で上手くいくはずないと言い聞かせて押さえつけていた気持ち……。
 本当は友恵自身も桜川さんと………。


 何度も言われている『結婚』の二文字を今ほど素直に聞けることはなかったと思う。

 妊娠しなければ結婚できないと決めさせたのは自分自身だったのに、流産という事実が想像以上につらくて悲しくて寂しくて………。
 今、この瞬間に妊娠とは関係なく私が必要だと言ってくれてもう断れなかった。

 ずっとそう言ってくれていたのかもしれないけれど、素直に聞けなかった。
 今やっと曲がりくねった屈折していたものが真っ直ぐになったんだと思う。

 躊躇しつつも小さく頷くと「あぁ……」と感嘆の声を出した桜川さんが涙を浮かべた。

「案外……泣き虫なんですね。」

 自分だって嬉しいのに天邪鬼が顔を出す。

「いいんですか?そんなこと言って。
 出血が無くなったら覚悟しておいてくださいね。」

 いたずらっぽく笑った桜川さんにあぁやっぱり敵わないなぁと苦笑した。