今日は木曜日だ。
 だいたいは桜川さんが休みの月曜に来ることが多い。

 休みが合えば一緒に出掛けることもある。
 今のところ世捨て人にはならずに済んで安堵している。

 自分が仕事の時は帰った時に迎えてくれる桜川さんに抱きつきたいのに抱きつけずにいる私を抱きしめてくれる桜川さんに癒されていた。

 ぐにゃぐにゃにこれでもかと屈折している心は真っ直ぐになるまでに時間がかかるようで………。

 甘えてるわ。桜川さんに。
 それが嫌じゃない。

「会いたい……なぁ。」

 つぶやくとタイミング良く電話が鳴った。

「僕も会いたくて……来たのですが……。」

 え?何が?なんのこと?

 まさかと思って寝室のドアに手をかけると僅かに開いていたドア近くの壁際に申し訳なさそうな顔の桜川さんがいた。

 顔を合わせたのに携帯を耳に当てたままの間抜けな2人。

「すみません。
 聞くつもりはなかったんです。
 驚かすつもりで隠れていたら、自分が驚かされるとは。」

 後退りしてよろめいた手を引かれた。

「幻滅しないで。
 僕の方が絶対にものすごく愛していますから。」

 え?泣いて??

 一瞬だけ見えた潤んだ瞳は抱きしめられて見えなくなってしまった。

 それでも思えば声が涙で揺れている。

「少なからず好意を持ってくれているとは思っていましたけど……。」

「そんな。好意程度で家になんて……合鍵だって渡さないです。
 それになんとも思っていない人としたりしない。」

 私の反論は耳に入らないのか、無謀なことを言ってくる。

「僕以外何もいらないと言ってください。
 他のことも全部。」

 言えるわけない。
 言いたくないと言っていたことは聞いてなかったの?

「嫌よ。私は怒ってるの。
 勝手に人との会話を聞かれて………。」

「友恵さんから………友恵さんから好きだと言われたことはありません。」

 …………そうかもしれない。

 いつも、可愛い、綺麗だ、素敵です、愛おしい、愛してます……何もかもの愛の言葉は桜川さんからもらっている。

 言えない性格だと分かってくれていると甘えていたのだと思う。

 甘え過ぎていた。
 だって涙を流すほどに………。

「……好きよ。桜川さんのことが。
 言葉じゃ足りないくらいに。」

 きつく抱きしめられた後、緩めた体を屈める桜川さんの唇がそっと触れた。
 優しい口づけは涙の味がした。