「父に恋人ができたらしいんです。」

 久しぶりに来店した村上さんが自分と似たような話をし始めた。

 最近のおじ様はお盛んなのね。

 村上さんは前のお店から指名してくれていた長い付き合いのお客様だった。

「奥様はご存じなんですか?」

 そう。普通なら不倫だ。
 少し前までその心配をしていたのだから他人事ではない。

「母は他界しています。」

「え………。」

 カットしている手が止まる。
 そんな人、たくさんいるわけない……よね。

 でも名字が………。
 そっか村上さん結婚してた。

 結婚する前の名字なんて覚えていない。

「否定も肯定もしないでください。
 私の父の話なので。」

「え、えぇ。」

 やっぱり村上さんは桜川さんの娘さんなんだ。
 否定も肯定もと言われたことが私を桜川さんの恋人と知っていて話していることを物語っていた。

「父は欲がない人で……。」

 えぇ!?嘘でしょ?
 やっぱり別人なんじゃ………。

 意見することも質問することもできずに「そうなんですね〜」と相槌を打つ。

「それが彼女を作りたいと言い出して。
 初めてなんです。
 欲しいものができたことが。」

 若干、記憶と符合する。
 それでも違和感があった。

 欲しいものがないって……あれほど……。

「どうやらその彼女には情熱的に迫っているみたいで、最近、雰囲気も変わって来て。
 若い彼女なんでしょうね。」

 若くはない。

 確かに桜川さんとは11歳違う。
 父から見たら若いという意味なら当てはまるけど。

「ランニングまで始めちゃって。
 たるんだお腹を見せたくないんだと思います。」

 ヤダ。そんな理由?
 だって前からたるんでなんか………。

 急激に会いたくなって、何を馬鹿な。仕事中なのに。と心の中で気持ちを打ち消した。