「すみません。
 話す順番がずるい順番でしたね。
 私は友恵さんに惹かれました。
 ですから前回のことは……。」

「惹かれてって私が自己申告するまでは何も知らなかったじゃないですか。」

「えぇ。だから結婚していないことも恋人がいないことも嬉しかった。
 そして私のことを好きになりそうだと言ってくれた。」

「酔っていたからです。」

「酔っていようと、好きなのは声だけだとしても惹かれている女性から言われれば天にも昇る気持ちですよ。
 こんな気持ちは初めてです。」

「やめてよ。奥様がいたくせに。」

 静かに近づいてきた桜川さんが間を空けて隣に座った。

「子ども達は皆、独り立ちしました。」

 今度は身の上話を聞くのかしら。

「そう。子だくさんなのに大変でしたね。」

「2人です。」

「え?
 だって心の赴くままにそういうことを…。」

 苦笑した桜川さんの目尻にしわが寄って年齢を感じさせた。

「私はどんなイメージなのですか?
 妻とは……そうですね。愛はありました。
 しかし私は恋を知らずに生きていたのだと思います。」

「恋と愛。
 何が違うのか私には分かりません。」

 そもそも愛より恋の方が浮ついてる気がする。

「妻とはお見合いでした。
 長男ですしそれで良かった。
 しかし妻は亡くなり、子ども達は巣立ちました。
 ふと寂しくなるのです。
 空の巣症候群なのでしょうか。」

 その寂しさを埋めるために自分が振り回されるのは堪らない。

「いい人を見つけてください。お幸せに。
 桜川さんなら見つかるわ。」

「だから見つけました。友恵さんです。
 思い描いていた始まりとは違いましたが僕と恋を始めていただけませんか?」

 やはり桜川さんは穏やかな小川のせせらぎだった。
 色で言ったらパステルカラー。

 私とは……何もかもが正反対で住む場所も違う。

 私は濁流とは言わないけど、急流だろう。
 それに色なら原色のハッキリした色。

「私のことを分かっていますか?
 正反対ですよ。無理に決まっています。」

「正反対だから惹かれるのかもしれません。
 眉間のしわを見て放っておけないと思いました。
 この人を穏やかな顔にさせてみたいと……。
 無理かどうか試してみませんか。」