「長谷友恵。40歳。独身。
 仕事を頑張っていて恋人はいない。
 職場に『福田くん』という男の子がいて……。」

「ちょっと待ってください!
 調べたんですか?」

 どうしてそんなことを……。

 身の毛もよだつとはこのことだ。
 真面目で誠実そうな人が狂うと一番恐ろしいということなのか。

「僕のことは声が素敵で好きになっちゃいそうだと言ってくれました。」

 …………。

 言った。言ったかもしれない。

「どうぞ好きになってください。」

 にこやかに笑う桜川さんが手を広げている。
 なんのつもりなのか。
 飛び込んで来いとでも言いたいのか。

 桜川さんは無視してよろめきそうな体をソファに預けた。
 上質なソファが体を包み込む心地よさを感じる暇もなく深く体を沈めた。

 好きに……?
 何がどうなってそうなった。

 桜川さんの言い方からして……聞かれもしない自己紹介を自らご丁寧にやってのけたのだ。

 いい声ね。

 そうね。好きになっちゃいそうって言ったかもね。
 でもそれは酔った時のリップサービスみたいなもの。

 冗談も通じないわけ?

「全く覚えていないのですね。
 部屋に入るなり服を脱ぎ始めたことも。」

 落胆しているのが声色からも分かるが、こちらはそれどころではない。

 どうしてそれを早く言ってくれないの?
 いいえ。それより一生言わないでいて欲しかったわ。

 羞恥心で死ねそうだ。

「もしかして私から迫ったんですか?」

「残念なことに迫られはしませんでしたが、そんな人といて冷静でいろという方が難しい。
 私も酔っていましたし男ですので。」

 頭痛がする。

 今まで酒に飲まれたことは度々ある。
 だからと言って人様に迷惑をかけたことはない。

 朝になれば自分の家で寝ていた。
 どうやって帰ったか覚えてなくても。

 その失態が若い頃ではなく、どうして今なのだろう。
 若気の至りで済ませてしまいたかった。