「何から話せばいいのか……。」
桜川さんは頭をかいてからゆっくりと話し始めた。
それはまるで明けなかった夜が薄っすらと明けていく朝靄の中。
太陽の輝きは靄に埋もれて曖昧で不安定なものだった。
「最初に言わなければいけないことは僕に妻はいません。
妻には………先立たれています。」
「え……。
だって先ほど奥様にバレて会わない念書をって。」
「それはなんとか友恵さんを帰さないための口実です。
私には妻はいない。
ですからなんの問題もない。」
妻に先立たれって一番いいじゃない。
いいなんて不謹慎ね。
そうね。ごめんなさい。
つらかったでしょうね。
寂しかったでしょう。
嫌になって別れたわけじゃないもの。
忘れられないのは当然だわ。
桜川さんの思い出の中の奥様は美化されて、綺麗な奥様は消え去ることはない。
思い出の中で奥様はずっと年も取らずに若いまま。
美しい思い出と共に。
不倫ではなかったという事実を知っても心は晴れなかった。
「友恵さんが結婚してるかは喫茶店で聞くつもりでした。
そこに普通は来てくれないのだと理解して浅はかさを悔やみました。」
「浅はかなのはその後に記憶がないような人に……前にしたことの方が浅はかでは?」
酔っていなければ、前後不覚に陥っていなければ、こんなことにならなかった。
酔った自分が悪いことは重々承知の上だ。
だからと言って桜川さんが悪くないということにはならない。
「はい。返す言葉もありません。
しかしお互い大人ですし逃したくなかった。
それなのに逃げられそうで……。
どうしたらいいのでしょうか。」
どうしたらと聞かれてもどうしようもない。
「私が結婚しているかどうかは知らないんですよね?
それなのに軽率ではないですか?」
批判しているのに余裕の笑みを浮かべる桜川さんに何もかも敵わないんじゃないかと怖気付きそうになった。
桜川さんは頭をかいてからゆっくりと話し始めた。
それはまるで明けなかった夜が薄っすらと明けていく朝靄の中。
太陽の輝きは靄に埋もれて曖昧で不安定なものだった。
「最初に言わなければいけないことは僕に妻はいません。
妻には………先立たれています。」
「え……。
だって先ほど奥様にバレて会わない念書をって。」
「それはなんとか友恵さんを帰さないための口実です。
私には妻はいない。
ですからなんの問題もない。」
妻に先立たれって一番いいじゃない。
いいなんて不謹慎ね。
そうね。ごめんなさい。
つらかったでしょうね。
寂しかったでしょう。
嫌になって別れたわけじゃないもの。
忘れられないのは当然だわ。
桜川さんの思い出の中の奥様は美化されて、綺麗な奥様は消え去ることはない。
思い出の中で奥様はずっと年も取らずに若いまま。
美しい思い出と共に。
不倫ではなかったという事実を知っても心は晴れなかった。
「友恵さんが結婚してるかは喫茶店で聞くつもりでした。
そこに普通は来てくれないのだと理解して浅はかさを悔やみました。」
「浅はかなのはその後に記憶がないような人に……前にしたことの方が浅はかでは?」
酔っていなければ、前後不覚に陥っていなければ、こんなことにならなかった。
酔った自分が悪いことは重々承知の上だ。
だからと言って桜川さんが悪くないということにはならない。
「はい。返す言葉もありません。
しかしお互い大人ですし逃したくなかった。
それなのに逃げられそうで……。
どうしたらいいのでしょうか。」
どうしたらと聞かれてもどうしようもない。
「私が結婚しているかどうかは知らないんですよね?
それなのに軽率ではないですか?」
批判しているのに余裕の笑みを浮かべる桜川さんに何もかも敵わないんじゃないかと怖気付きそうになった。

