夕暮れで街がオレンジに染まっていた。

 遅い時間に予約のお客様がいなかった友恵は早い時間に帰っていた。

「最近、前にも増してお疲れですよ?
 今日は早めに帰ってゆっくりしてください。」

 亜里沙の言葉に甘えて帰路についたのだ。



 忘れるはずだった。

 日増しに思い出すとは思ってもみなかった。

 連絡先も知っている。
 勤め先も知っている。

 だからなんだと言うのだ。

 ショーウィンドウに映る自分に『いー』と子どもみたいに威嚇する。
 そのまま映った顔の眉間のしわをそっと手で伸ばした。


「友恵さん!?」

 突然の呼びかけに心臓はひっくり返ったと確信できる。

 2、3度しか聞いていないのに、振り向かなくてもそれが誰か分かった。

 振り向かずに逃げなきゃ。
 また騒動に巻き込まれ………。

「体は大丈夫でしたか?
 子どもができていたらと思うと気が気ではなくて……。」

 ちょっと待って!
 こんな所で何、言って………。

 振り返ったすぐ後ろにいた桜川さんと目と目が合って、思わず後退った。

 これこそ蛇に睨まれた蛙じゃない。
 冗談じゃない。
 蛙になるもんですか。

「偽善の安売りですか?
 それとも慰謝料でしょうか。
 奥様にバレましたと言われても困ります。」

 立ったまま動かなくなった桜川さんは思考の海に溺れかけ遭難しているようだ。

 いいわ。放っておきましょう。

 妻などいませんとは言ってこない桜川さんとは思った通り会わない方が良かったのだ。

 不倫なんてまっぴらだ。

 踵を返し、家路を急いだ。