このタイミングで昴輝さんが現れたのは偶然だろうか。
いや、この人が私の過去を調べあげたんじゃないんだろうか。
さっきこの人は『連れてきてさしあげた』と言っていたし。

片岡さんのあざ笑うような表情にぞっとする。

「いや、婚約者っていったって正式なものじゃなかったし。口約束みたいな・・ね」

昴輝さんは私に笑いかけた。

昂輝さんは何を考えているのだろうか。
私は血の気が引いて凍り付いたまま口を開くこともできずにいると、圭介が私たちに気が付いてくれた。

「昂輝さん、いつ日本に?」
圭介は私を後ろ手に隠すように一歩前に出た。

「ああ、一昨日の夕方だよ。エルの結婚が決まったって聞いてお祝いを言いたくてね。隣にいるのがお相手かい?紹介してくれないか?」

昂輝さんは私の動揺には気が付かないのか屈託のない笑顔で圭介に話しかけ、修一郎さんをちらっと見た。

「ええ、彼が井原修一郎さん。IHARAグループの次期社長でノエルの婚約者ですよ」

「そう、彼は仮初めの婚約者、もうすぐその話は破談になるはず。だって偽装なんだもの」

圭介が話している途中で片岡さんが割り込んだ。

「この神崎さんと婚約破棄してキズモノになってど田舎で看護師とかして男ともめて刺されてホントのキズモノになったんでしょ?たいしたスキャンダルよね。そんな人にIHARAグループの社長夫人が務まるはずないわよね。
IHARAグループの名に傷がつくわ。ああ、ANDOにとっても恥よね。だから、今まで雲隠れしてたんでしょ。
偽装だとしてももう必要ないんじゃなくて?さっさと婚約解消したらいかが?」

高く通る声でまくし立て周囲の目が私たちに集まる。

でも、私はすでに周囲の目など気にする余裕がなくなっていた。

昂輝さんと婚約していた過去。
婚約破棄に至った過去。
『キズモノ』の私。
ANDOの恥でIHARAグループの名に傷をつける私。

がくがくと震えが止まらなくなる。