第一話 気になる存在

夏休みも終わり、涼しくなってきた九月の下旬。

それでもまだ暑さは時々残っていて…

今日みたいな日は、汗が頬を伝うように自転車を漕いだ

「おーい、爽太!おはよう!」

すぐ後ろから、物凄いスピードで隣に自転車をつける男子高生

「おま…また寝坊?」

ぐちゃぐちゃになった頭を見て笑い出す彼

「いや〜昨日のドラマがまた面白くてさ〜」

「…女子か」

「なに、爽太は観てないわけ?」

交差点に差し掛かり、赤信号で停止

「俺は他のことで忙しいの」

「とか言っちゃって〜。…バイトもしてないくせに」

「うっ…」

「いい加減、部活に入るかバイトするかしないと、高校生活枯れたまんまだぜ?」

「…枯れてて悪かったな」

「お前、やる気出せば何でもできるのに。勿体ないよなぁ」

くあぁ…と隣で大あくびをする彼は信号が変わると、爽太の少し前を走る

「貴之ー」

「んー?」

「…いや、何でもない」

「なんだよ〜」

何かを言いかけた爽太は俯き、すぐに顔を上げた

「遅刻する。もっと急げ!」

「なんで俺?!!」

幼馴染みの貴之(たかゆき)とそんなことを言いながら、学校までの道を走り抜けた


「あ、噂をすればお二人さん!おっはよーう!」

教室に入ると、単発の元気のいい男子が二人を迎える

「陽介じゃん!今日は朝練無し?」

「それがさ〜…聞いてくれよ!
まさかの顧問の倉木が、入院しちまったらしくて!」

呆れたような顔であーあと両手を上げる

「何でも娘さんが結婚?するとかなんとかで…婚約者を家に連れてきた途端、その場で倒れちまったらしいぜ」

愛娘家で知られるサッカー部顧問の倉木(くらき)先生

「あー…ご愁傷さま、だな」

貴之が口元を引き攣らせる

「まあそのおかげで?あと一週間くらいは部活ゆる〜いはずだし、ラッキーっちゃラッキーかな!」

「サボってるとまーたマネージャーに怒られんぞ」

「マネージャーじゃなくて伊織、だろ」

貴之の言葉に爽太が付け加える

「おまっ…余計な事言うんじゃねー!」

陽介がじゃれるように爽太に飛び乗る

「ほどほどになー」

貴之はそれを横目に、爽太の右隣の席に鞄を置いて本を読み始める

「ちょ、貴之!助けろ…ってうわぁっ?!」

顔を真っ赤にした陽介が爽太を追いかけ始め、二人は教室の外へと走り去った

「…相変わらずだな、あいつら」

二人が去ったドアを見つめ、また本に目を落とす

宮木貴之(みやき たかゆき)、高校三年生
爽太と陽介とは幼馴染みで、一番大人びている
部活動は弓道部に入っており、もうすぐ引退試合を控えている

「待てよ、爽太ぁぁぁああ!!!!」

仲本陽介(なかもと ようすけ)、高校三年生
サッカー部に所属していたが夏の大会が終わり、現在はちょこちょこ顔を出しに行っている
背は小さめだが、元気は誰にも負けない明るいムードメーカーである

「しつこいなぁ〜もう!!」

大島爽太(おおしま そうた)、高校三年生
中学の頃はバスケ部に所属していたが…高校三年間では無所属のまま、この季節を迎えた

幼稚園時代からの幼馴染みであるこの三人は、いつも一緒だった


…帰り道

部活に向かった二人とは違い、一人ホームルームが終わって帰路につく爽太

「…どうすっかなぁ」

時刻は午後四時半

この季節のこの時間はまだ明るく、時間を持て余していた

「そろそろ中間テスト近いし、どっかで勉強でもして…」

周りをキョロキョロ見渡していた爽太

彼の目に留まったのは、斜め前に見えた小さなカフェだった

「…」

自分の生まれた地元の高校に通う爽太

彼が生まれた時には、既にあったというあのカフェ

レトロな雰囲気で、どこか近寄りがたく…

爽太には合わないと、貴之や陽介にいつもからかわれていた

「…俺だって、ああいう所似合うし」

謎に湧き出てくる誰に対してなのか分からない対抗心

爽太はカフェの駐輪場に自転車を止め、恐る恐る中へと入った


ーカランカラン、

「…いらっしゃいませ」

店の奥から、大人しめな雰囲気の女性店員が現れた

「一名様ですか?」

「は、はい…」

爽太の緊張が伝わったのか、女性店員はクスッと笑い…

「空いているお席へどうぞ」

にこやかに、爽太を店内へと促した


店内には聞いたことのあるような、優しい音楽が流れていて

店内は思ったより広かったものの…

客は、爽太一人だった


一番奥の席に座った爽太

続けて女性店員がお冷を出すと、にこやかに告げる

「ご注文がお決まりになりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

「は、はい」

「失礼致します」

スッと女性店員が下がると、爽太は横に立てかけてあるメニュー表に手をかける

「…へぇ、結構本格的なんだな」

爽太の家もカフェを営んでいるため、知識としては多少詳しかった

程なくして先程の女性店員を呼んで注文をする爽太


…しばらく、窓の外を見つめていた


「…」

いつも自分が通ってきたあの道、

改めて見ると、何だか新鮮だな…

「…やべ、眠くなってきた」

眠い目を擦りつつ、鞄から勉強道具を取り出す

数分くらい経っただろうか

店の扉が開き、カランカラン、とベルが鳴る

「いらっしゃいませ」

女性店員が対応しているようだ

「…この店、ホールはあの人しかいないのか?」

ぼそっと爽太は呟き、またノートに目を落とす

客がこちらに向かってくる足音がした

コツ…コツ…コツ……

どうやら客は、爽太の隣に座ったらしい

少し気になって、チラッと横を見る

「!」

慣れたように女性店員に注文をし、着ていたベージュのジャケットを脱ぐ隣の女性

黒いバレッタで栗色の髪をあげ、こげ茶の眼鏡をしていた

「…」

ふぅ、と息をつくと、彼女はかけていたこげ茶の眼鏡を外す

「…っ、!!」

完全に、一目惚れだった

眼鏡をしていた時も何処と無く、儚いオーラがあったのだが…

外すとそれがより一層、爽太の目にはっきりと映った

…OLさん、とかかな?

…やばい、めちゃくちゃ美人なんだけど……

爽太は目のやり場に困り、慌ててノートに視線を落とす

「お待たせしました。アイスコーヒーとメープルワッフルです」

カチャ、と目の前にそれらが置かれる

「あ、ありがとうございます」

小さく爽太が頭を下げると、女性店員は嬉しそうに頭を下げて去った

「…」

めちゃくちゃ美味そう

爽太は開いていたノートを閉じ、目の前にアイスコーヒーとメープルワッフルを持ってくる

「…いただきます」

小さく手を合わせ、ワッフルに手を伸ばす

「…ふふっ」

隣から、小さな笑い声が聞こえた

「あ、ごめんなさい。せっかくのティータイムを邪魔しちゃって…」

「い、いえ…」

え、俺…笑われた?!

顔が赤くなるのを何とか仰いで誤魔化し、笑顔を作る

「あなたの年頃の男の子って、あんまりこういう所に来るイメージ無くて。

それに、メープルワッフルだなんて、可愛いなぁって」

楽しそうに笑う彼女が、眩しかった


「部活とかはしてないの?」

ワッフルを食べ終えた爽太に彼女は話しかける

「しようとは思ったんですけど…これっていうのが、なくて」

「…その制服、海城高校よね?」

「…!はい」

クスクス笑う彼女は爽太を指さし、楽しそうに言う

「私も、海城高校出身なの」

「!」

彼女の言葉に親近感が湧いた

「…失礼ですけど、今おいくつですか?」

恐る恐る爽太が聞くと

「ふふっ、去年までいたの。海城高校に」

「こ、今年のOGだったんですか?!」

爽太が驚いた顔をすると、うんうんと頷く彼女

自分と一つしか年が変わらないことも、また親近感を湧かせた


…彼女の事を、もっと知りたい


爽太に芽生えた、初めての恋心だった

「また時間があれば、色々お話しましょう」

そう言って、タイミング良く来たカプチーノに口をつけ、彼女は微笑んだ


「あの、前…いいですか?」

翌日、同じカフェの同じ席に現れた彼女に

爽太は、声をかけていた