眠る少女の姿を眺めながらうっかりと想いに耽ってしまったギルバートのもとに、ロニーが静かに声をかけにきた。

「殿下。あまり長い時間女性の寝姿を眺めているのは失礼ですよ。そろそろおいとましましょう」

本当は夜が明けるまでここにいたかったが、さすがにそれが良くないことはギルバートにもわかる。

名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出たギルバートは、扉を閉めるなりジェフリーに向かって言った。

「あの子と友達になりたい」

突然の宣言に、ジェフリーもロニーも当然目を丸くする。けれどジェフリーはすぐに冷静さを取り戻すと、廊下を歩きながらにこやかに答えた。

「もったいないお申し出です。田舎育ちの世間知らずな娘ですが、殿下がここにおられます間の、お話し相手にでもなれれば光栄です」

しかしジェフリーの言葉に、ギルバートは足を止めて眉根を寄せると「ああ、そういうんじゃないんだ」ともどかしそうに首を横に振った。

「よそよそしい話し相手とかじゃなく……、あの子と遊びたいんだ。手を繋いだり、外を歩いたり、笑い合ったり」

王子殿下のあまりに意外な申し出に、ジェフリーもロニーも一瞬言葉を失くす。特にロニーは驚いている様子だった。
なにせ十二年間ずっとギルバートのそばにいたが、彼が強く何かを願うことも、こんな子供らしい要求をすることも初めてだったのだから。

けれどロニーはふっと真剣な表情をすると、ジェフリーに向かって深々と頭を下げた。

「わたくしからもお願いいたします。ご令嬢をどうか、ギルバート様の初めての“友達”にさせてはくださいませんか」

ロニーの頼みにジェフリーは何度も目をしばたたかせたけれど、やがて皺だらけの顔をにっこりと破顔させると、大きく頷いて言った。

「この辺りに同い年の子供はいません。リリアンにとっても初めての“友達”になります。きっと喜ぶことでしょう」

その言葉に、ギルバートの顔がぱぁっと明るくなる。頬を紅潮させ瞳をキラキラと輝かせた希望に溢れる表情だ。

「それじゃあ、応接室に戻って少し話をしましょうか。リリアンに殿下のことをなんと伝えるか考えなければいけませんからな」

ジェフリーがそう提案すると、ギルバートは嬉しそうに頷いた。

——ああ、明日がこんなに待ち遠しいのは初めてだ。あの子になんて最初に話しかけよう。早く、朝がくればいいのに。
 
一階へ下りていく足取りが、嬉しくてどうしても弾んでしまう。窓の外はまだ暗闇に覆われていたけれど、数多の星の瞬きは楽園の煌きのようにギルバートの瞳には映った。


それは、孤高の王子が恋と友情を手に入れるために小さな従僕に変身する、前夜のこと——。