「本当の戦いはこれから始まります。王宮にはエリオットに王位継承権を取り戻そうとする者共が手ぐすねを引いて待っているとお思いください。今まで以上に油断は禁物です」
「分かっている」
主君の身の上を案じ助言を呈したロニーに、ギルバートは短くぶっきらぼうに答えた。
ロニーはそのあとも言葉を続けようと口を開いたが、すぐに噤んで何も言わなかった。
ギルバートの青い瞳は、ずっと外の景色を映し続けている。
リリアンに連れられて見に行った牧場、野菜の育て方を見学した畑、かごいっぱいのオレンジをもらった果樹園。
手を繋いで礼拝に行った教会、沈む夕日を眺めた麦畑、藁の上で昼寝をした農場。
雨宿りをした大木、木の葉の船を浮かべた池、喧嘩をして離れて歩いた道、大冒険をした山——。
「……っ、……」
遠ざかっていく景色が、滲んでぼやけて見える。何度瞬きをしても、視界は晴れてくれなかった。
物心ついたときから泣かなかった主君が初めて流した涙を、ロニーは瞳を伏せて静かに視界から逸らした。
青い瞳からは後から後から涙があふれて、しゃくりあげる声まで零れてしまう。
——楽しかった。生きてて良かった。ありがとう、リリー。
溢れる涙を乱暴に手で拭って、ギルバートは瞳に景色を焼き付ける。
——絶対に忘れない。この幸福を。そして絶対に、もう一度手に入れる。
十二歳の胸に、ギルバートは誓った。固く、強く、神様でも覆せないほどに。
翼を広げた双頭の鷲の紋章がついた馬車は、新たな朝を告げる夜明けの道を王都へ向かって走っていく。いつの日か国の頂点に君臨する男を乗せて。
それは、ギルバートが王太子の座につき十三歳の誕生日を迎える、半月前の夜のこと——。
fin



