正体を打ち明けるべきか、手紙でも残すべきか、それとも何か贈り物を残そうか。
色々と悩んだけれど、結局リリアンになにかを残すことはやめた。
王太子の座についたとて、まだまだ周りは敵だらけだ。敵の毒牙に巻き込まれる可能性がある以上、モーガン邸に匿われていた証拠を残さない方がいい。そう判断した。
それに、ギルバートは信じたかった。
自分は大人になっても絶対にリリアンへの愛は変わらないし約束も忘れない。リリアンもきっと同じ想いでいてくれるはずだと。
「またね、リリー。約束、守ってね」
眠っているリリアンにそう呟き、キスを重ねる。それだけで充分だと思った。
それ以上は、何も言えないと思った。
さよならも、愛してるも。口に出したら共に感情が零れてしまいそうで。
——ほんの少しだから。すぐに迎えに来るから。だから、寂しがらないでね、リリー。
眠るリリアンと自分に言い聞かせるようにしばらく目を閉じて、ギルバートは深呼吸をひとつしてから、静かに部屋を出ていった。
ジェフリーらに見送られ、ギルバートとロニーは王家の馬車に乗り込みモーガン邸をあとにした。
馬車の小窓から見える月明かりに照らされた景色が、どんどん流れて遠ざかっていく。
追いかけっこをした庭、四葉のクローバーを探した草原、水遊びをした小川、散歩をした小道——。みんな、みんな、遠く小さくなっていく。
「……ギルバート様」
ずっと窓の外を眺めているギルバートに、向かいの席に座ったロニーが呼びかけてきた。



