イーグルトン王家の紋章がついた大型の馬車がモーガン邸にやって来たのは、まだ空に月が残る夜明け前だった。

リリアンが熟睡している時間でよかったと、ギルバートは考える。

彼女はまだ何も知らなくていい。“年下の可愛いギルバート”が、これから血生臭い陰謀に巻き込まれに行くなどと知ったら、きっととても心配するだろう。

だから、彼女は何も知らなくていい。楽しかった日々の思い出と約束だけを胸に、いつの日か僕が迎えに来る日を待っていてさえくれれば。

ギルバートは自分にそう言い聞かせて、王宮の侍従が持ってきたベルベットとウールの外套を手早く羽織った。

「ギルバート様、本当によろしいのですか。リリアン様にご挨拶をされなくても」

「いいと言っただろう。さっき寝顔を見てきた。それだけで充分だ」

ロニーのおせっかいにギルバートはつっけんどんに返してから、玄関ホールに見送りに立つジェフリーと家令らに微笑んで見せた。

「世話になったな。この礼は必ずする。シルヴィア派を一掃し僕の権力が安泰になるまで、少しだけ待っていてくれ」

「礼には及びません。けれど、必ずギルバート殿下が王位につく日を心よりお待ちしております。そのときはどうか……リリアンにもう一度だけでも、お顔を見せてやってください」

皺だらけの顔で切なそうに微笑むジェフリーの姿に、ギルバートまで胸を締め付けられる気がした。

「言っただろう、ジェフリー。僕は必ず王になってリリーを妻に迎えると。顔を見せるだけで済むと思うな。お前の孫娘は僕が娶る。絶対だ。そのときまで悪い虫がつかないように見張っててくれよ」

きっぱりと言い切ると、ジェフリーはますます切なげに眉根を寄せた。そして何度も頷いてギルバートの手を両手で握り、「殿下に神のご加護のあらんことを」と祈りをささげた。