「リリー!」
「ギル……!」
駆けつけたギルバートが見たものは、唸りをあげる大型の野犬に追い詰められているリリアンの姿だった。
立ち上がれば大人の身長ぐらいはあるだろう野犬は黒い毛を纏っていて、まるで狼のようだ。凶暴な牙を剥き出しにして、今にもリリアンに襲い掛かろうと身を低くしている。
さすがにギルバートも一瞬青ざめる。獰猛な野生動物を相手に、果たして自分の剣技が通じるだろうか。
ギルバートの気配に気づいた野犬は、ピクリと首をあげて振り返ってきた。獲物をしとめようとする獣の目と、ギルバートの緊張を滲ませた視線がぶつかり合う。
——やるしかない。リリーは僕が守る……!
野犬がゆっくりとリリアンからギルバートの方へ身体を振り返らせ、とびかかろうと身を屈めたときだった。
「駄目っ! あなたの相手は私よ! こっちを向きなさい!」
足元にあった石を野犬に投げつけて、リリアンが大声で叫んだ。
石が身体に当たった野犬は、再びリリアンの方へと向き直って低い唸りをあげる。
「ひっ……!」
リリアンは一瞬身を竦めたけれど、小さな手でギュッとこぶしを握り締めると、落ちていた枝を拾って野犬と対峙した。
「ギル、逃げなさい! 私は大丈夫だから、早く! 早く遠くへ逃げて!」
ガクガクと震える脚に力を込めて、菫色の瞳に涙を浮かべて、リリアンが気丈にそう叫ぶ。
その姿を見たギルバートの胸に熱いものが一気に込み上げ、心を覆っていた恐怖と緊張が一瞬で消え去った。



