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「ただいま」


兄の帰宅は遅い。

進学塾に通っているからだ。

まだ高1なのに、もう大学入試を意識した勉強に取り組んでいる。

授業についていくだけでもやっとなわたしは、圧倒的な差を感じざるを得ない。


「雅くん、お帰り」

母がキッチンから顔を出す。


「ただいま、雫(しずく)さん」

兄は母を『お母さん』とは呼ばない。


「うらら」


名前を呼ばれて思わずビクリと身体が反応してしまう。


「ただいま」

「……おかえり」


「疲れたでしょう? お風呂入ってきて」

「うん」


母に返事をするとわたしを横切って風呂場へ向かう兄。

すれ違いざまに、こう言われた。

とても小さな声で。


「……また、あとでね」