兄が、兄らしくなる瞬間はある。


……わたしと、二人きりでないときだ。


母やお義父さんの前。

それから、学校など人の目があるときには必ず『いい兄』を演じる。

カメレオンのごとくキャラ作りしている。


そのときわたしは、まだ優しかった頃の——本当の兄妹のように仲が良かった頃のことを少し思い出したりもする。


本来の兄の姿って、なんだろう。


兄が元々冷たい人間だったにしろ。

だんだん変わってしまったにしろ。


もしもわたしが出来のいい子だったら、兄はここまで冷たくならなかったんじゃないかと思えてならない。


こんなことは……

いくら考えてもわからない。

考えてもどうしようもない。


こればかりは、伊勢谷先生にだって相談できることじゃない。


「行ってきます」


わたしは、兄より随分と遅れて家を出た。