小一時間ほど前に目を覚ましたうららは
――記憶を失っていた。
夜中に起きた出来事を、なにひとつ覚えていなかった。
父が雫さんに暴力をふるったことも
そのあと俺に気絶させられたことも
記憶が欠落していたんだ。
それでいて、なにかに怯えていた。
「怖い夢でもみたの?」
「……うん」
その目でたしかに見た光景を、うららは夢だと勘違いしていた。
「そっか」
「すごく、怖かった。……苦しかった」
うららの頭からすっぽり記憶が抜けてしまっていたものの、うららの身体はショックを受けたことも俺に苦しめられたことも覚えていた。


