「こんな問題も、わからないの?」


自室で課題をしていると、風呂あがりの兄がやってきた。

濡れた黒髪をタオルでぬぐいながら。


そんな日常において当たり前にする仕草でさえ絵になる色男がわたしの隣にいること自体、違和感の塊だ。


「基礎中の基礎じゃん」


細身なのにだぼっとしたスウェットを着ているのは、足が長いから。

ズボンの丈を基準に選んでいるのだろう。

それでもまだ裾が足りていない。


「ほんとバカだね……うららは」


一向にシャーペンを動かさないわたしを見て口角をあげる。


きっと兄からすればこの問題は簡単すぎるのだろう。

だけど優しく教えてくれるわけでもない。

ただ、罵倒してくる。


再婚で家族になったわたしの母はおろか、彼と十五年間ものあいだ一緒に暮らしてきた彼の実の父(わたしにとっては義理の父にあたる)ですら気づいていない。


「頭のネジ、飛んでるんじゃない?」


——こんな兄の一面には。


学校の子たちだって、知らない。

誰ひとり知らないんだ。


……わたし以外は、誰も。


兄は、わたしに冷たい。

わたしにだけ、こんな態度をとる。