そして私の体を離した零士先生がジャケットの内ポケットから取り出したのは、二通の退職願。
一通は私が零士先生に渡したものだけど、もう一通は誰のだろう……
「これは、俺の俺の退職願だ」
「零士先生の……退職願?」
一瞬、彼は何を言っているんだろうとポカンとしていたら「俺も希穂と一緒に春華堂を辞める」なんて言うからぶったまげて大絶叫してしまった。
「はあ? どうして零士先生が春華堂を辞めるの?」
そうだよ。零士先生は春華堂の社長になる人だよ。会社を辞めるなんて有り得ないでしょ?
しかし私を見つめる彼の目は真剣そのもので、とても冗談を言ってるようには見えない。
困惑しつつ、その理由を聞くと「希穂が、決心させてくれたんだよ」って言うから益々、意味不明。
「私が?」
「あぁ、お前の裸婦画を仕上げた時、これで終わりたくないと強く思ったんだ。まだ絵を描き続けたいってな。やっぱり俺は絵を描くのを辞められそうにない」
「で、でも、そんなこと……社長は絶対に許してくれませんよ」
社長の怒り狂う顔が想像され、恐怖でゾクリと鳥肌が立つ。と、その時、ギャラリー入り口の方から視線を感じ、なんだか凄くイヤな予感して振り返ってみると……
そこに居たのは、社長とあの淡いピンクのワンピースを着た女性。
「ひぃっ……しゃ、社長……」
今の私達の会話を聞かれたんじゃないと焦り、体が硬直して全身から気持ちの悪い汗が噴き出す。が、社長の表情はとても穏やかで怒っている様子はない。
良かった……聞こえてなかったんだ。
ホッと胸を撫で下ろし、安堵したのも束の間、零士先生の描いた絵を見た社長の口から思いもよらぬ言葉が飛び出した。



