「そんなこと気にしなくていい。頼むから……もう少しだけ、このままで居させてくれ……」
「零士先生……」
「悪かった……でもな、希穂を騙すつもりなんてなかったんだ」
零士先生は本気で絵を辞めるつもりでいたから、あえて言う必要はないと思っていたようだ。
自分が絵を辞めても、私の中でArielという画家がいつまでも憧れの存在であり続けること。それが零士先生の願いだったから。
「最後に希穂の絵を描いて俺の画家人生を終え、お前と新たな人生を歩んで行こう……そう思っていた矢先に突然別れを告げられ、目の前が真っ暗になったよ」
切羽詰まったような声。零士先生の鼓動が徐々に大きくなり、それが私の胸に伝わってきて、私の心臓もつられてドクドクと大きな音をたて始める。
「おまけに他に男が居るなんて言われて……あの時、人生で初めて嫉妬した」
普段は決して弱い部分を見せることがない零士先生の口から"嫉妬"という言葉が出たことが驚きだった。でも、嫉妬するくらい私のことを好きでいてくれていたんだと思うと最高に嬉しくて顔が綻ぶ。
「そして気付いたんだよ。俺はもう希穂なしでは生きていけないって。だからあの輝樹って男の連絡先を環に聞いて会いに行ったんだ」
「えっ? 零士先生、輝樹君に会いに行ったの?」
まさか零士先生が私の為にそこまでしてくれたなんて……
「あの輝樹ってヤツ、希穂の部屋で会った時は生意気な男だと思ったが、男気のあるいいヤツだな」



