イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】


零士先生の言葉に誰もが無言で頷き、しんみりした空気が流れる。が、そんな雰囲気を吹き飛ばしたのは、涙を拭った薫さんの明るい声だった。


「もう~皆暗い顔しないの! 今は個展を成功させること考えないと。そろそろプレオープンも終わりね。一般のお客様をお迎えする準備をしなくちゃ!」


すると腕時計を確認した零士先生が突然皆に背を向け、私とふたりっきりにして欲しいと言い出したんだ。皆は顔を見合わせ、何かを察したように目配せするとそそくさとギャラリーを出て行った。


皆が居なくなり、シンと静まり返った室内に零士先生のため息が響く。


「……しかし希穂の勘違いは筋金入りだな。お陰でワケも分からず振られるところだった」


返す言葉もなく、ただ一言「ごめんなさい」と謝るも振り返った零士先生はまだムッとした顔をしている。


「でも、零士先生も私にいっぱい嘘付いてたじゃないですか。この絵のことも、Arielのことも……」


てっきり言い返されると思ったのに、零士先生は「そうだな」と素直に認め苦笑した。そして次の瞬間、私をフワリと抱き締めたんだ。


「あっ……」


まさかこんな所で抱き締められるとは思っていなかったから、驚いてその腕から抜け出そうとした。だって、こんなところを誰かに見られたら大変なことになるもの。けれど零士先生は私の動きを止めるように更に強く抱き締めてくる。


「……暴れるな」

「で、でも、誰か来たら……」


焦ったように入口の方に視線を向けたが、本心は違っていた。懐かしい零士先生の温もりに包まれ、涙がでそうなくらい嬉しかったんだ。