全員が「キスマーク?」と驚きの声を上げると薫さんが狼狽(ろうばい)し、自分の首元を押さえて叫んだ。
「ヤダ! これはキスマークなんかじゃないわよ! ただの虫刺されだって!」
「はぁ? 虫刺され?」
「そう、私、肌が弱いから、ちょっと刺されただけでも赤くなっちゃうの。嘘だと思うなら環に聞いてみてよ!」
結局、環ちゃんの証言で疑いは晴れ、まさかの虫刺されというオチに顔が引きつる。
なんか仕事そっちのけで話していたけど、気付けば来館者は全員隣のAギャラリーに行ってしまったようで、Bギャラリーには私達しか残っていない。
「あれ? 館長も居ない……」
「館長なら、薫の妊娠の話しになった時、こっそり部屋を出て行ったよ。あんまり聞きたくない話しだったんじゃないかな」
桔平さんが遠い目をしてそう言うと薫さんの瞳が揺れ、ソッと目頭を押さえる。
館長は薫さんが妊娠したと告げた時も、環ちゃんを産むと決めた時も、特に何も言わなかったそうだ。子供の父親が誰かということも一切、聞かず「薫がそう決めたのなら」と決して反対はしなかった。
そして産まれた環ちゃんに最大級の愛情を注ぎ、可愛がっていた。でも、心の中では、娘を捨て孫を父親の居ない子にした環ちゃんの父親を恨んでいたに違いない。
「薫の親父さん、環の父親が新太だと分かってショックだったと思うぞ。新太は矢城ギャラリーで個展を開いたこともあったからな。だから今は余計なことは言わず、ソッとしておいてやってくれ」



