イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】


零士先生は訴えても構わないと言ったそうだが、零士先生のお父さん、つまり春華堂の社長は焦った。そんなことをされたら、受験間近の息子の将来と会社の経営に影響が出る。


ズルい考えかもしれないが、社長は暴行事件をお金で解決しようとした。そして零士先生に内緒で薫さんに会い、妊娠のことが公になっても、父親が誰かは口外しないで欲しいと頼んだんだ。


社長は薫さんのお腹の子の父親が誰か世間にバレれば、零士先生の暴力も表沙汰になるのではと不安に思ったのだろう。


事情を知った薫さんは零士先生にも春華堂にも迷惑は掛けないと約束したそうだ。


「私のせいで零士の将来が台無しになったらと思うと辛くてね……」


薫さんは自分のせいで零士先生の両親が離婚したと思っていたから、負い目を感じていたのかもしれない。


薫さんが目を伏せると零士先生が「自分の方が大変なのに、俺の心配なんてしなくて良かったんだ」と悔しそうに唇を噛む。


だが、零士先生は社長がそのことを弁護士と相談しているのをたまたま聞いてしまい、薫さんと社長の秘密の約束を知ってしまう。


「怒りでどうにかなりそうだったよ。薫にそんな約束をさせた親父が憎くて掴み合いの喧嘩もした。そして俺があんな男を薫に会わせなければと後悔したんだ。

でもな、十五歳の俺にはなんの力もない。だから子供を産むと決めた薫に言ったんだよ。薫が子供を産んでひとりで育てるのなら、俺も一生、誰とも結婚はしないと……それがあの時の俺にできる精一杯の贖罪だった」


あぁ……そうか。だから零士先生は誰とも本気で付き合わなかったのか……


一番辛かったのは、もちろん薫さんだけど、その男子の本性を見抜けず、薫さんに紹介してしまった零士先生も辛かったんだよね。